更年期は長いあいだ、「年齢のせい」「我慢すればそのうち終わるもの」として、どこか脇に置かれてきました。けれども近年は、ほてりや気分の落ち込みといった症状が、脳のどこで何が起きて生じるのかが分子レベルで解き明かされ、それに合わせて新しい治療薬も次々と登場しています。
更年期は気合いで乗り切る時期ではなく、仕組みがわかり、手を打てる時期へと変わりつつあるのです。ここでは女性の更年期を中心に、その正体とこれからの治療の選択肢を整理し、最後に男性の更年期にも触れていきます。
「気のせい」ではなかった ― ほてりの正体は脳の温度センサー
更年期でもっとも多く、もっともつらいとされる症状が、ほてり・のぼせ・突然の発汗です。これらは血管運動症状(VMS)と呼ばれ、更年期を迎える女性のおよそ7〜8割が経験するといわれます。睡眠を妨げ、日中の集中力や気分にも響くため、生活の質を大きく下げる要因になります。
長く原因不明とされてきましたが、視床下部にある「KNDy(キャンディ)ニューロン」という神経細胞のはたらきによって、その仕組みが説明できるようになりました。
この神経細胞は、ふだんは卵巣から分泌されるエストロゲンによって活動を抑えられています。ところが閉経の前後でエストロゲンが急減すると、ブレーキを失ったように過剰に働き、ニューロキニンB(NKB)という物質を大量に放出します。
これが脳の体温調節中枢にあるNK3受容体に結びつくと、本来は適温の範囲なのに、脳が「体温が上がりすぎている」と誤って判断し、慌てて熱を逃がそうとします。その結果、血管が急に開いてほてり、汗が噴き出すのです。これがホットフラッシュの正体です。
つまりVMSは、気の持ちようではなく、脳の温度センサーの誤作動として理解できるわけです。
落ち込みや不安が押し寄せるのにも理由がある
更年期はからだの症状にとどまらず、イライラ、不眠、不安、気分の落ち込みといった心の症状を伴うことも少なくありません。これも単なる心理的な反応ではなく、エストロゲンが脳に直接およぼす影響が背景にあります。
エストロゲンは、気分を安定させるセロトニンのはたらきを支えるだけでなく、神経細胞の成長や神経回路の柔軟さを保つBDNF(脳由来神経栄養因子)というタンパク質の産生を後押ししています。
閉経でエストロゲンが減ると、記憶や感情をつかさどる海馬でBDNFが目立って減り、脳がストレスに弱くなります。これが、抑うつや強い不安、ときには記憶力や集中力の低下として表れます。
さらに、女性が更年期を迎える40〜50代は、子どもの独立、親の介護や死別、職場での責任の増大など、心の負担が重なりやすい時期でもあります。
ホルモンの揺らぎと環境の変化が絡み合うことで、症状はいっそう重くなり、パニック発作や慢性的な不安、強い緊張状態へと進むこともあります。「更年期だから」と耐え続けると、つらさが固定してしまう恐れがあるのです。
こうした症状の強さを見える化する目安として、日本では小山嵩夫氏が考案した簡略更年期指数(SMI)が広く使われています。ほてりや発汗、冷え、動悸、不眠、いらだち、憂うつ、頭痛やめまい、疲れやすさ、肩こりや痛みといった10項目を自分で採点し、点数に応じて、生活習慣の見直しでよい段階か、婦人科を受診すべき段階かを判断します。合計点が低くても、どれか一つが強く出ているときは、その症状に的を絞った対応が必要になります。
これまでの治療 ― ホルモン補充・向精神薬・漢方の三本柱
治療の土台になるのは、睡眠や運動、食事といった生活習慣の立て直しです。そのうえで、中等度から重い症状には薬物療法が組み合わされます。日本ではこれまで、大きく三つの柱で対応してきました。
一つ目は、減ったエストロゲンを補うホルモン補充療法(HRT)です。ほてりや発汗への効果が高く、骨粗鬆症の予防にもつながる標準的な治療ですが、乳がんや子宮内膜がんの既往がある人、血栓のリスクが高い人には使えないという大きな制約があります。
二つ目は、不安や抑うつ、不眠が前面に出るときに用いる向精神薬で、SNRIやSSRIといった抗うつ薬や、自律神経を整える薬が選ばれます。認知行動療法などの心理療法を併せると効果が高まることも知られています。
三つ目が漢方薬です。疲れやすく冷えや精神不安のある人には加味逍遙散、比較的体力があり動悸や不眠、いらだちが強い人には柴胡加竜骨牡蛎湯がよく使われます。このほか、プラセンタ注射や、大豆イソフラボンから腸内でつくられるエクオールを含むサプリメントが補助的に用いられることもあります。
ホルモンに頼らない新薬が変えた風景 ― フェゾリネタントとエリンザネタント
HRTは効果が高い一方で、乳がんを経験した人などには使えず、ホルモン剤そのものに抵抗を感じる人も少なくありません。長らくこうした人に向けた決め手がありませんでしたが、先ほどのKNDyニューロンの仕組みが解明されたことで、ホルモンに一切触れずにほてりを抑える、まったく新しいタイプの薬が生まれました。これは更年期医療にとって大きな転換点といえます。
その先駆けが、アステラス製薬が開発したフェゾリネタント(ブランド名VEOZAH)です。ホルモン受容体には作用せず、NKBがNK3受容体に結びつく過程だけをピンポイントで阻害し、ほてりの引き金そのものを断ちます。
1日1回の飲み薬で、2023年5月に米国で世界初のNK3受容体拮抗薬として承認され、これまでに45カ国で承認、36カ国で販売されています。日本でも、閉経に伴うVMSのある日本人女性410人を対象にした第III相STARLIGHT 2試験が行われ、30 mgと45 mgの両群がプラセボに比べて8週時点でほてりの頻度を有意に減らし、主要評価項目を達成しました。
重い有害事象は4%未満にとどまっています。完全な結果は2026年後半に学会発表・論文化が予定され、これをもとに日本での承認申請が進められる見通しです。
それに続く次世代の薬が、バイエルが開発したエリンザネタント(ブランド名LYNKUET)です。2025年10月24日に米国で承認され、英国・オーストラリア・カナダ・スイスでも相次いで認められました。
最大の特徴は、世界で初めてNK1とNK3の二つの受容体を同時にブロックするデュアル拮抗薬である点です。第III相のOASIS-3試験では、12週までにほてりの頻度と重症度が73%以上減るという強い効果が示されました。
さらに注目されているのが睡眠への効果です。NK1受容体は睡眠や感情の調整に関わるため、ほてりが速やかに減るだけでなく睡眠の質も改善したと、ニール=ペリー氏が2026年の米国の産婦人科学会で実臨床の経験を報告しています。安全性についても、サイモン氏が4つのプラセボ対照試験(うち一つは1年間の長期投与)をまとめた解析で、新たな、あるいは予期せぬ重い有害事象は認められないと報告しました。
もっとも多かった症状は頭痛で、深刻なものではありませんでした。乳がんを経験した人や、血栓のリスクでHRTが使えない多くの女性にとって、ホルモンを使わずに安全に使える、心強い選択肢といえます。
ただし、いずれの薬も2026年の時点で日本ではまだ承認されておらず、国内で使えるようになるのはこれからです。フェゾリネタントは承認申請に向けた段階にあり、今後の動きが注目されます。
男性にも更年期がある ― LOH症候群という全身の問題
更年期は女性だけのものではありません。男性も加齢とともに男性ホルモンのテストステロンが緩やかに減り、加齢性腺機能低下症(LOH症候群)と呼ばれる状態が起こります。
日本人男性では、総量としてのテストステロンはあまり変わらない一方で、実際に活性を持つ「遊離テストステロン」が下がっていくのが特徴です。
日本では長らく、遊離テストステロンが8.5 pg/mLを下回ることを治療開始の目安としてきましたが、2022年に診療の手引きが改訂され、現在は総テストステロン250 ng/dL未満を主な診断の基準に、遊離テストステロンを補助的な指標として用いる形へと見直されています(国際的には総テストステロン300 ng/dL前後が一つの目安です)。
テストステロンの不足は、性機能の問題にとどまりません。意欲や集中力の低下、抑うつ、筋力や骨密度の低下、内臓脂肪の増加やコレステロールの乱れ、さらにのぼせや動悸、疲れやすさといった自律神経の症状まで、心とからだ、そして代謝の広い範囲に影響します。
放置すれば糖尿病や心血管疾患のリスクを高める全身の問題になりうるため、単なる気分の落ち込みとして見過ごさないことが大切です。
症状の評価にはAMSスコアという17項目の質問票が使われ、男性ホルモンの値と合わせて、テストステロンを補う治療の適応を判断します。治療を始める前には、前立腺がんが隠れていないかを必ず確認することになっており、血液検査でPSAが2.0 ng/mL以上のときは、泌尿器科で詳しく調べます。
「更年期だから仕方ない」を手放すために
更年期の理解は、この数十年で大きく進みました。ほてりは「自律神経の乱れ」という曖昧な言葉から、脳の温度センサーの誤作動という具体的な仕組みへと解像度を上げ、心の症状もホルモンと脳の変化として説明できるようになりました。
そして治療も、HRTだけに頼る時代から、ホルモンを使わない新薬や漢方、抗うつ薬、心理療法を、その人のがんのリスクや症状、代謝の状態に合わせて組み合わせる「個別化」へと向かっています。
更年期は終わりではなく、新しい時期への移り変わりです。この時期に適切に手を打てるかどうかが、その後の健康と暮らしやすさを左右します。「仕方ない」と我慢する前に、まずは自分の状態を知ることから始めてみてください。
なお、ここで紹介した内容は情報提供を目的としたものです。実際の診断や治療、薬の使用については、必ず医療機関で専門家に相談してください。



