健診の結果票を、封も切らずに引き出しへ。がん検診の案内は、目を通しただけで「また今度」。心当たりのある方は、少なくないはずです。
日本は世界でも指折りの長寿国で、公的保険のおかげで医療にもかかりやすい。それなのに、「病気になってから治す」力の高さにくらべて、「病気になる前に動く」ところだけが、どうも弱いままです。
ここでは、その理由を、検診の実態、予防で先を行く国々の仕組み、そして神奈川県の「未病」という試みを手がかりにほどいていきます。
検診は受ける、それでも次が続かない――日本の予防の現在地
日本人の死因の一位はがんですが、そのがん検診の受診率は、OECD加盟国のなかでも最低の水準にとどまっています。乳がんや子宮頸がんで見ると、日本はおよそ4〜5割。アメリカは8割前後、韓国でも6割ほどに達し、欧米の多くは7〜8割を超えます。
差の一因は、検診の届け方にあります。イギリスや北欧などでは、対象者を名簿で特定し、国や保険者が直接受診を呼びかける「組織型検診」が根づいています。日本は、受ける機関がばらばらで、最後は個人の関心に委ねられる部分が大きい。
もう一つの柱、特定健診(いわゆるメタボ健診)は、事情が少し違います。2023年度の受診率は59.9%と、制度が始まって以来の最高を記録しました。ここまでは、着実に伸びています。
問題はその先です。健診で生活習慣病のリスクが見つかった人に行う「特定保健指導」の実施率は、27.6%にとどまります。リスクを見つける段までは進んでも、それを行動に変える段で、対象者の7割あまりがこぼれ落ちています。
保険者による差も大きく、健保組合では健診の受診率が8割を超える一方、市町村国保は4割弱にとどまります。
予防の本来の目的は、「リスクを見つけること」ではなく「リスクを避けること」にあります。見つけた後の一歩が続かないところに、日本のいちばんの弱点があります。
海外は「仕組み」で動かしている――イギリス・アメリカ・スウェーデン
では、予防が根づいている国々は、何が違うのでしょうか。イギリスは、税を財源とする国民保健サービス(NHS)のもとで、地域のかかりつけ医(GP)が住民の健康を継続して管理します。2004年、そのGPに対して「QOF」という成果報酬の仕組みが導入されました。血圧や生活習慣病の管理といった予防の指標を達成すると、診療所に報酬が支払われる制度です。
QOFは世界でも最大級の成果報酬制度で、一時は診療所収入の四分の一ほどが、この達成度に連動していたとされます。心血管疾患の予防に重きが置かれ、診療所ごとの質のばらつき、とりわけ地域や所得による格差の縮小にもつながったと報告されています。予防を個人の意識任せにせず、提供する側の動機づけで底上げした例です。
アメリカは、公的な皆保険を持たず、民間保険と市場原理が強く働く国です。医療費は高く、自己負担も重い。その重さが、逆に「先に予防へ投資して、将来の大きな出費を避けよう」という動きを生みます。
その一例が、HSA(医療積立口座)という税優遇の仕組みです。免責額の高い保険と組み合わせて使う非課税の口座で、積み立てたお金を検診などの予防にあてられます。自己負担の重さが、予防への投資を後押しする。アメリカの検診受診率の高さは、この仕組みと無縁ではありません。
スウェーデンは、税を財源に、地方が主体となって運営する分権型の制度です。自己負担は低く抑えられ、地域のプライマリ・ケアが入り口になります。
力を入れてきたのが、データの使い方です。全国で医療情報を共有する電子記録の仕組みが整えられ、病院・診療所・在宅ケアの垣根を越えて、患者の情報がやり取りされます。投薬の重複や状態の悪化を、早めに防ぐための土台になっています。
三国のやり方は、それぞれ違います。ただ共通するのは、予防を個人の頑張りだけに委ねず、制度の側から支えている点です。
なぜ日本では根づかないのか――三つの構造
日本に予防が根づかない理由は、国民の意識の低さ、といった話に落とし込めるものではありません。もう少し根の深い、構造の問題があります。
一つめは、診療報酬の仕組みです。日本の外来医療の多くは、検査や処置、投薬を行うごとに報酬が積み上がる「出来高払い」です。医療機関の収入は、どれだけ多くの患者を診て、どれだけ処置をしたかに連なります。
この仕組みのもとでは、患者が自分で健康を保ち、受診しなくなることは、そのまま減収を意味します。イギリスのQOFのような、「将来の病気を防いだこと」への強い報酬は、日本の制度には組み込まれていません。
さらに、どの医療機関にもかかれるフリーアクセスのもとでは、患者は軽い症状でも大病院へ行けます。一人の患者の将来のリスクまで継続して引き受ける、かかりつけ医の役割が育ちにくい構造です。
二つめは、公平性をめぐる抵抗感です。健康の改善にポイントを付けたり、保険料を割り引いたりして予防を促す案には、日本では根強い違和感がついて回ります。
背景には、皆保険のもとで「平等な医療」を大切にしてきた歴史があります。努力して健康になった人が得をし、病気になった人が損をする。そうした線引きは、体質や環境による避けられないリスクを見落とし、「健康格差」や差別につながりかねないと、医療者からも懸念が示されてきました。だからこそ、アメリカ型の自己責任に寄せた仕組みは、社会の合意を得にくいままです。
三つめは、行動を後押しする設計の不在です。病気ではない未病の段階の人にとって、予防の行動は、いまの手間と引き換えに、将来の不確かな利益を得るものです。目の前の快適さが優先されるのは、人の自然な傾向です。
ところが特定保健指導は、健診から指導の案内までに時間が空き、忙しい世代に心理的なハードルの高い面談を求める、といった設計になりがちでした。参加までの摩擦が大きいのです。
逆に、健診の直後という関心の高いうちに、短時間で負担の軽い形にし、指示ではなく本人の動機を引き出すやり方を取り入れると、実施率が大きく改善したという報告もあります。知識を渡すだけでは、人は動かない。そこを設計で埋められるかどうかが、分かれ目になります。
「未病」という発想――神奈川の試み
ここまでは弱点ばかりでしたが、国内にも、予防を仕組みに変えようとする試みがあります。神奈川県の「未病」への取り組みです。
未病とは、健康と病気をはっきり二つに分けるのではなく、その間をグラデーションとして捉える、東洋医学に由来する考え方です。病気になってから動くのではなく、その手前で心身のバランスを整える。神奈川県は、この発想を政策の柱に据えてきました。
核になっているのが、県が無償で配る「マイME-BYOカルテ」というアプリです。生活習慣、生活機能、認知機能、メンタルヘルス・ストレスという四つの領域から、いまの未病の状態を数値で見える化します。
測る中身も具体的です。体重や血圧に加えて、歩行速度や簡単な記憶のテスト、声からストレスの状態を推し量る技術まで取り込み、体・心・脳を通して評価します。結果に応じて、生活の見直しのヒントが返ってくる仕組みです。
こうした取り組みは、研究とも結びついています。県はコホート研究を基盤に、介入がどれだけ効くかを追いかけ、要介護につながりやすい領域、つまり転倒やフレイル、認知症、脳血管疾患に的を絞ろうとしています。
抽象的だった「未病」を、データと仕組みに落とし込んで、日々の行動へつなげる。そこに、この試みの新しさがあります。
グラデーションを、味方につける
日本で予防が根づかないのは、意識でも根性でもなく、仕組みの問題でした。海外は制度で、神奈川はデータで、その一歩をそっと後押ししています。
もちろん、一人でできることもあります。健診の結果票を放っておかない。案内が届いたら、関心が高いうちに早めに動く。小さくても、確かな一歩です。
ただ、それを個人の心がけだけに頼るのには限界がある、というのが世界の予防の教訓でした。動きたくなる仕組みを、制度や地域の側がどれだけ用意できるか。そこが問われています。
健康と病気を白黒で分けず、自分がグラデーションのどのあたりにいるかを知って、少しずつ良い方へ寄せていく。その発想が広がれば、「病気になる前に動く」ことは、特別な頑張りではなく、日常のふつうの選択になっていくはずです。



