眠りのホルモンは、回復のスイッチでもある――メラトニンとスポーツ科学の"時間割"

眠りのホルモンは、回復のスイッチでもある――メラトニンとスポーツ科学の"時間割"

長距離の移動明け。時計は現地の朝を指しているのに、体はまだ真夜中のまま動いてくれません。あるいは、追い込んだ練習の翌朝、脚が芯から重い。どちらも、体の中の"時間"がずれたときに起きる感覚です。心当たりのある方も多いはずです。

その時間を刻んでいるのが、メラトニンというホルモンです。夜になると脳の奥にある松果体から分泌が増え、朝の光を浴びると止まります。眠りと体内時計の調整役として、長く知られてきました。

ただ、近年のスポーツ科学が見ているメラトニンは、それだけではありません。強い抗酸化作用を持ち、激しい運動でたまるダメージから体を守る、回復の分子としても注目されています。

そして同じメラトニンでも、いつ摂るかで、体への働き方は大きく変わります。ここでは、その"時間割"をたどりながら、メラトニンとスポーツの関係を整理していきます。

眠りのホルモンが、回復の分子でもある理由

激しい運動をすると、体の中では大量の酸素が使われ、その過程で活性酸素と呼ばれるものが生まれます。いわば、体をサビさせる火の粉のようなものです。増えすぎると細胞の膜やたんぱく質を傷つけ、筋肉の炎症や疲労につながります。

メラトニンは、この火の粉を拾って消してまわる掃除役として働くと報告されています。自分自身が活性酸素を受け止めて無害化するだけでなく、体が元から備えている抗酸化の仕組みを後押しする、二段構えの守り方をします。

その働きは、血液の指標にも表れます。激しい運動のあとに増える筋損傷のサイン(クレアチンキナーゼなど)の上昇が、メラトニンを摂った条件では小さく抑えられた、という報告が重ねられています。

体感の面でも、近い結果が出ています。夜にメラトニンを摂ると、翌日以降の"回復した感じ"が高く保たれ、遅れてやってくる筋肉痛が軽くなった、というものです。眠りのホルモンというより、傷んだ組織の修復を助ける分子としての顔です。

効くかどうかは、"いつ飲むか"で決まる

メラトニンの効き方には、はっきりした特徴があります。飲めばそのまま強くなる、というタイプの成分ではありません。効果が出るかどうかは、摂るタイミングでほぼ決まります。

運動の直前、それも日中に摂った場合、パフォーマンスへの上乗せはほとんど見られない、というのが近年の研究の一致した見方です。むしろメラトニンには軽く体温を下げ、眠気を誘う性質があるため、瞬発的な力を出したい場面ではかえって邪魔になりかねません。

流れが変わるのは、運動の前夜に摂ったときです。夜のうちにしっかり休み、回復が進んだ状態で翌日を迎えると、持久系の運動では成績が底上げされたと報告されています。一方で、瞬発力への効果は小さく、タイムトライアルのような場面でははっきりしない、という慎重な結果も併せて出ています。

つまりメラトニンは、その場の力を引き上げる強化剤ではなく、夜の回復を支えることで翌日に効いてくる、後方支援のような存在です。連戦が続く時期や、追い込んだ練習からの立て直しに向いた使われ方だといえます。

時差ぼけには、光とセットで

体内時計は、脳の奥にある親時計が全身へ時刻を配ることで動いています。メラトニンは、その親時計が「夜が来た」と判断したときに増える、いわば夜の合図です。

長距離を移動すると、この合図のタイミングと、到着した土地の時刻がずれます。これが時差ぼけの正体です。眠れない、日中に強い眠気が出る、集中が続かないといった不調は、体の中の時計がまだ前の土地の時刻で動いているために起こります。

メラトニンは、この時計を新しい時刻へ寄せ直す手がかりになります。効果がとくにはっきり出るのは、時間を前倒しする東回りの移動だと報告されています。到着先で夜になる少し前に少量を摂り、体に夜の合図を送ることで、針を早めていく考え方です。

ただし、光とセットにしないと十分には働きません。朝は現地の光をしっかり浴びて体を目覚めさせ、夜は強い光を控える。この光の管理と組み合わせて、はじめて時計が新しい土地になじんでいきます。摂る時刻を間違えると、かえってリズムを乱すこともあるため、扱いには順序があります。

便利さの裏にある、二つの落とし穴

手軽に見えるメラトニンにも、気をつけたい点があります。

一つは、翌日に残る眠気です。必要以上の量を摂ったり、飲む時刻を誤ったりすると、鎮静作用が日中まで持ち越され、頭がぼんやりする、反応が鈍る、といった状態を招きます。二日酔いに近い後残りで、眠りを助けるはずの成分が、逆に足を引っぱる形になります。

もう一つは、製品の中身のばらつきです。海外でサプリメントとして売られているメラトニンを調べた研究では、ラベルの表示量と実際の含有量が大きく食い違い、表示よりずっと少ないものから、数倍も多いものまであったと報告されています。「今日は少なめに」と思って飲んでも、実際にはかなり多く摂ってしまう、ということが起こりえます。

競技者には、ここにもう一段の注意が加わります。メラトニン自体は、アンチ・ドーピングで禁止された物質ではありません。問題は、製品への混入のほうにあります。

サプリメントの製造ラインでは、別の成分が微量に混じり込むことがあり、知らないうちに禁止物質を口にしてしまうリスクが残ります。アンチ・ドーピングの世界では、たとえ意図がなくても検出されれば責任を問われる、厳格な原則が取られています。

国内でも、汚染されたサプリメントが原因で陽性となり、過失が認められてもなお処分を受けた選手がいます。過去に同じ製品で検査を通っていても、製造の回ごとに中身は変わりうる、というところが怖い部分です。使うなら、第三者機関の検査を通った認証製品を選ぶことが最低条件になります。

日本では「医薬品」という前提

ここまでは、海外の研究をもとにした話です。日本でメラトニンを考えるときは、大前提が一つ変わります。

日本では、メラトニンは食品やサプリメントではなく、医薬品として扱われています。体内で作られ、睡眠や体内時計に直接働くホルモンだからです。そのため、ドラッグストアやオンラインで、サプリメントとして国内で売ることは認められていません。

国内で承認されているメラトニンの薬は、小児の神経発達症にともなう入眠困難に使う製剤に限られ、大人の一般的な不眠に処方されるものではありません。大人向けには、メラトニンによく似た働きをする受容体作動薬が、処方薬として使われています。

海外製のメラトニンを、自分自身で使う目的に限って個人輸入することは、数量の範囲内で認められています。ただし、他人に譲ったり売ったりすることは禁止され、個人輸入で健康被害が出ても公的な救済の対象にはなりません。

中身のばらつきや混入のリスクも、さきほどの通りです。手に入りやすさと、安全に使えるかどうかは別の話だという前提で見ておくと安心です。

まず土台になるのは、自然な眠りの整え方

薬やサプリメントの前に、できることがあります。体には、メラトニンを自分で出す仕組みがもともと備わっているからです。この分泌を整えることが、いちばんの土台になります。

整え方の中心にあるのは、光と体温、そして運動のタイミングです。

運動をすると深部の体温がいったん上がり、その後ゆるやかに下がっていきます。この下がるタイミングが、夜にメラトニンが増える流れと重なると、深い眠りに入りやすくなります。

就寝の四〜六時間ほど前に運動を終えておくと、この重なりを作りやすいと考えられています。逆に、寝る直前の激しい運動は体を昂ぶらせ、寝つきを妨げがちです。

光の扱いも大きく効きます。朝はできるだけ屋外の光を浴びて、体内時計をその日の始まりに合わせる。夜は、スマートフォンやパソコンの強い光を控える。この二つだけでも、夜のメラトニンが出やすい状態に近づきます。

食事から底上げする方法もあります。メラトニンの材料になるトリプトファンは、牛乳などの乳製品に多く含まれます。特別なものを足すより、日々の食事とリズムを整えるほうが、結果的に自然な眠りに近づいていきます。

移動や連戦で眠りが乱れるのは、体の時計が正直に反応している証拠でもあります。その時計を、光と体温、運動と食事でそっと整えていく。派手さはありませんが、いちばん確実で、体にやさしいやり方です。

ブログに戻る