朝はコーヒーだけで家を出て、昼にしっかり食べたら、午後の会議で猛烈に眠くなった。夜遅くに夕食をとった翌朝は、どこか胃がもたれている。同じものを食べても、夜のほうが太りやすい気がする。そんな覚えのある方は、多いはずです。
食事の話になると、私たちはつい「何を食べるか」に目が行きます。カロリー、糖質、たんぱく質。けれど近年の研究が光を当てているのは、もう一つの軸です。「いつ食べるか」。
朝の光は、脳にある時計を整えます。ただ、時計は脳だけのものではありません。胃にも、腸にも、肝臓にも、それぞれ小さな時計が備わっています。そして、そちらを合わせているのは光ではなく、食事です。
ここでは、食べる時刻と体の関係を手がかりに、消化器の時計のしくみをほどいていきます。
胃も腸も、時計を持っている――「予期」する消化器
体のほぼすべての細胞には、およそ24時間の周期を刻む時計が備わっています。脳の中枢時計が光で時刻を合わせるのに対し、胃や小腸、大腸、肝臓、膵臓といった末梢の時計は、食事で合わせられます。
消化器は、ただ食べ物を待っているわけではありません。過去の食事のパターンを記憶し、次の食事が来る時刻を「予期」して、先回りで準備を整えています。
たとえば小腸には、糖を血液へ取り込む入り口があります。動物の実験では、この入り口の数が、実際に食べ物が届く「前」にピークを迎えることが報告されています。開店前に仕込みを済ませておく店のように、消化器は食事の時刻に合わせて吸収の態勢をつくっているわけです。
胃の動きにも、同じような時間帯の差があります。ヒトを対象にした研究では、胃が内容物を送り出す速さは、朝の食事にくらべて夜の食事で遅くなると報告されています。とくに固形物でその差が目立つとされます。
胃には、内容物の量を感じ取って脳へ伝えるセンサーもあります。動物の実験では、このセンサーの感度にも一日の波があることが分かってきました。活動期には感度がやや下がって多めの食事を受け入れやすく、休息期には感度が上がって少量でも満腹の合図が届きやすくなる、という具合です。
夜は少しの量でも満足しやすい――もしそんな実感があるなら、この仕組みの表れかもしれません。体は食べる時刻に合わせて、「どれだけ入れるか」まで細かく調整しているようです。
朝食は、時計のリセットボタン
なぜ、朝食がとりわけ大事だと言われるのでしょうか。
一日のうちで最も長く絶食したあとに口にする最初の食事――それが朝食です。前の晩からの空腹が長いぶん、そこに食事が入ってきたときの落差は大きくなります。乱れがちな末梢時計を巻き戻す合図として、この一食はとりわけ強く働くと考えられています。
しくみの中心にあるのは、食事に反応して出るホルモンです。炭水化物をとるとインスリンが分泌され、これが時計タンパク質の合成や働きを介して、末梢のリズムを朝の時刻へ引き寄せると報告されています。ここは動物や細胞での研究が中心ですが、ヒトでも、食事のタイミングで末梢の時計が動くことは確かめられています。
一方で、脳の中枢時計は食事ではほとんど動きません。中枢は光、末梢は食事。担当が分かれています。だからこそ、朝に光を浴びることと、朝に食べることは、別々に体を整える二つの合図になります。
こうして見ると、朝食に炭水化物とたんぱく質を組み合わせるのがよい、とされる理由も腑に落ちます。ご飯と魚、パンと卵やヨーグルト、といった組み合わせです。
糖質を控えている方や、インスリンが出にくい方でも、手はあります。たんぱく質からつくられる別のホルモン(IGF-1やグルカゴン)が、インスリンと似た時計合わせの働きを持つ可能性が、動物実験で示されています。まだ研究段階の知見ですが、朝にたんぱく質をとる意味は小さくないようです。
朝食を抜くと、昼に跳ね返る――セカンドミール効果
朝食の大切さを裏づける現象が、もう一つあります。一日の最初の食事が、次の食事のあとの血糖の上がり方をゆるやかにする、という働きです。「セカンドミール効果」と呼ばれます。
最初の一食が入ることで、体は次の食事に備えて糖を扱う態勢を整えます。その下ごしらえがあるぶん、二食目の血糖の山がなだらかになる、というわけです。
裏返せば、朝食を抜いて昼を一日の最初の食事にすると、昼や夜の血糖が大きく振れやすくなります。冒頭の「昼にしっかり食べたら午後に眠くなった」という感覚も、その一場面かもしれません。
血糖の激しい乱高下は、血管に負担をかけることが指摘されています。朝から規則的に糖質をとっておくことは、そうした振れ幅をならす下ごしらえになると考えられています。
腸内細菌にも、朝と夜がある
時計を持っているのは、私たちの細胞だけではありません。腸にすむ膨大な数の細菌にも、はっきりとした日内変動があります。
研究では、腸内細菌のうち1〜2割ほどが、24時間の周期で数や活性を変えているとされます。そしてこのリズムは、私たちが食べる時刻に強く左右されます。
腸内細菌は、私たちが消化できない食物繊維を発酵させて、短鎖脂肪酸という物質をつくります。腸の現場で細菌が生み出す燃料のようなもので、その産生量にも一日の波があります。この短鎖脂肪酸が、肝臓などの末梢時計の時刻合わせに関わることが、動物の実験で示されています。
朝の食物繊維が時計のリセットを後押しするかもしれない――そんな可能性も研究されています。まだその段階の話ですが、腸と時計がつながっているという発見自体が、比較的新しいものです。
腸からの信号は、脳にも届きます。短鎖脂肪酸や腸のホルモンが、迷走神経を通じて睡眠や食欲の調整にも影響することが分かってきました。腸と脳が互いに便りを送り合う、いわゆる脳腸相関です。
逆の向きも確かめられています。時差ぼけの状態にした動物の腸内細菌を、腸内細菌を持たないマウスに移すと、移されたマウスが太り、血糖の調節が乱れることが報告されています。生活リズムの乱れが、腸を介して代謝にまで及ぶことを示す結果です。
「16時間断食」は、どこを削るかで変わる
食べる時刻の話でよく登場するのが、一日の食事を8時間以内におさめる「時間制限摂食」、いわゆる16時間断食です。
絶食の時間が延びると、体はいくつかの変化を見せます。10時間ほどを超えると、肝臓に蓄えた糖が減り、エネルギー源が脂肪の分解へ切り替わっていきます。16時間ほどに達すると、細胞が古くなった部品を分解して再利用する掃除のしくみ(オートファジー)が働きはじめるとされます。胃腸を長く休ませられる、という利点もあります。
ただ、ここで大事なのは「どの時間帯を絶食にあてるか」です。多くの人は生活の都合から、朝食を抜いて昼から夜に食事を寄せます。この型には、気をつけたい点がいくつかあります。
朝食を抜くと、先ほどの末梢時計のリセットが行われず、生活リズムが後ろへずれやすくなります。長い絶食のあいだ、足りないエネルギーを筋肉の分解で補ってしまう心配もあります。そして、昼の血糖が大きく跳ねやすくなります。
さらに、ヒトの試験からは慎重な見方も出ています。摂取カロリーをそろえた条件では、時間制限摂食それ自体が体重や心血管の指標を無条件に改善するわけではない、と報告されています。とくに女性でその傾向が見られました。効果の多くは、食べる時間を絞った結果としてカロリーが減ったことによる、という指摘です。
そこで近ごろは、極端な16時間よりも、朝食をとりつつ夜を早めに終える「12時間」に注目が集まっています。たとえば朝7時に食べはじめ、夜19時までにすませる形です。朝食による時計のリセットを受けながら、夜は胃腸を休ませる。無理がなく、続けやすい落としどころとして挙げられています。
今日から、時計に合わせて食べる
朝、食事をとる。できれば炭水化物とたんぱく質を組み合わせる。食べる時間帯は、なるべく日中に寄せる。夜遅い食事は控えめにする。特別な道具も、厳しいルールもいりません。
「いつ食べるか」で体は変わるのか。消化器が食事の時刻を予期し、朝食が末梢の時計を巻き戻すことを思えば、その答えは静かに見えてきます。何を食べるかと同じくらい、いつ食べるかも、体にとっては大きな意味を持っています。
もちろん、体質や持病によって向き不向きはあります。血糖値や胃腸の調子に不安があるとき、あるいは食事のリズムを大きく変えたいときは、無理のない範囲から始め、必要に応じてかかりつけ医に相談しながら進めると安心です。



