Apple Watchの「HRV」は何を見ているのか――心拍変動の仕組みと、正しい測り方・読み方

Apple Watchの「HRV」は何を見ているのか――心拍変動の仕組みと、正しい測り方・読み方

朝、目が覚めてすぐスマートウォッチの画面に目をやると、「HRV ○○ms」という数字が並んでいる。ゆうべはよく眠れたはずなのに、いつもより低い。それだけで、なんとなく一日の出だしが心もとなくなる。そんな経験のある方は少なくないはずです。

HRV――心拍変動と呼ばれるこの数字は、回復やコンディションを映す指標として、すっかり身近になりました。ただ、その数値が体の「何」を見ているのか、そして高い低いをどう受け止めればいいのかは、意外と知られていません。

ここでは、Apple WatchがこのHRVをどうやって測り、その数字をどう読めばいいのかを、仕組みと使いこなしの両面から見ていきます。

心拍のゆらぎが映すもの――アクセルとブレーキの綱引き

健康な心臓は、時計の秒針のように一定のリズムを刻んでいる。そう思われがちですが、実際は違います。心臓は一拍ごとに、ほんのわずかにテンポを揺らしながら打っています。

ある拍と次の拍の間隔が900ミリ秒、その次が950ミリ秒、というように、ミリ秒単位で常にゆらいでいます。このゆらぎの大きさを数値にしたものがHRVです。

そのゆらぎを生み出しているのが、自律神経という体の“自動運転”の仕組みです。自律神経には、正反対の働きをする二つの枝があります。

一つは交感神経。ストレスや緊張、激しい運動に反応して心拍を速める、いわばアクセルです。もう一つは副交感神経(迷走神経)で、休息やリラックスのときに心拍を落ち着かせる、ブレーキの役割を担います。

このアクセルとブレーキが刻々と綱引きをすることで、心拍のテンポは細かく揺れ動きます。とくにブレーキ役の副交感神経は反応が速く、呼吸に合わせて瞬時に心拍を上げ下げするため、これが活発なほどゆらぎは豊かになります。

だからHRVが高いときは、体がよく休めていて、副交感神経がしっかり効いているサインと考えられています。逆に低いときは、ストレスや疲労、寝不足などでアクセルが踏まれっぱなしになり、ゆらぎが乏しくなっている状態を映しています。

Apple Watchはどうやって測っているのか――光で脈を読む仕組み

手首に着けているだけで、Apple Watchはどうやって心拍のゆらぎまで捉えているのでしょうか。使っているのは、裏側で光る緑色のLEDです。

血液は赤いので、赤い光を反射し、緑の光をよく吸収します。心臓が血液を送り出した瞬間、手首の血管を流れる血の量は増え、緑の光は多く吸い込まれて、跳ね返ってくる光は減ります。拍と拍の合間には血の量が減り、跳ね返る光は増えます。

Apple Watchはこの緑の光を1秒間に何百回も点滅させ、跳ね返る光の増減から脈の波を描き出します。その波の山から山までの時間を測れば、一拍ごとの間隔がミリ秒単位で分かり、ここからHRVが計算されます。

ただ、この測定はいつでも動いているわけではありません。手首が動いていると光の波が乱れて正確に測れないため、Apple Watchは体が静かに落ち着いているときを見計らって、背景でぽつぽつと記録します。

一晩でも数回ということが多く、日中はさらにまばらです。つまり自動で貯まっていく数字は、「たまたま静かだった瞬間」の寄せ集めなのです。狙ったタイミングで測りたいときは、あとで触れるように、自分から測定を起こしてやる必要があります。

同じ「HRV」でも中身が違う――SDNNとRMSSD

HRVには、計算のしかたが何通りもあります。なかでもよく使われるのがSDNNとRMSSDという二つで、Apple Watchと他社の機器では、採用している指標が違います。

Apple Watchがヘルスケアアプリに記録するのはSDNNです。これは一定時間の心拍間隔のばらつき全体を捉える指標で、交感神経と副交感神経の両方を含んだ、自律神経全体の調子を映します。

一方、WHOOPやOura、Garmin、Fitbitといった多くの機器はRMSSDを使います。こちらは隣り合う拍の間隔がどれだけ急に変わったかに注目する計算で、反応の速い副交感神経の働き――つまり回復の度合いを、より純粋に取り出します。

同じ「HRV 35ms」でも、SDNNの35msとRMSSDの35msは中身が別物です。だからApple WatchとOuraの数字を並べて比べても意味がなく、機種をまたいだ比較はしないと割り切るのが正確です。

とはいえ、Apple WatchでRMSSDがまったく手に入らないわけではありません。ヘルスケアの画面にはSDNNしか出ませんが、その奥には、光センサーが測った一拍ごとの生データがちゃんと保存されています。

HRV4TrainingやAthlyticといった専用アプリを入れると、この生データを読み込んでRMSSDを計算し直し、日々の回復スコアとして見せてくれます。Apple Watchでも、他社機に近い形で回復を追いかけられるわけです。

数字の“読み方”――絶対値で一喜一憂しない

HRVを読むときに、いちばん陥りやすい落とし穴があります。表示された「45ms」という一つの数字を、他人の値やネット上の平均と比べてしまうことです。

HRVは、体温や血圧のように万人共通のものさしがある指標ではありません。年齢や性別、体質、日ごろの運動量によって、基準となる値は大きく変わります。加齢とともに下がっていくことも分かっていて、若い人と同じ数字を目指す必要はありません。

医学の研究では、HRVの低さが将来の健康リスクと結びつくという報告もあります。24時間かけて測ったSDNNが50ミリ秒を下回ると、心臓に病気を持つ人ではその後の経過が悪くなりやすい、と指摘されてきました。

ただし、これは病院で24時間連続して測った場合の話です。Apple Watchが記録するのは静かな一瞬を切り取った短時間の値なので、この臨床の基準とそのまま比べることはできません。画面の数字が基準を下回ったからと、不安になる必要はありません。

役に立つのは、自分自身の記録の“流れ”です。ヘルスケアアプリでは、週・月・半年といった単位でHRVの推移をグラフで見られます。ふだんの自分の水準を知っておき、そこから大きく下振れした日を「体からのサイン」として受け取る。この使い方が、いちばん理にかなっています。

自分の基準より高めの日は、よく回復できていて、新しい負荷にも柔軟に対応できる状態と考えられています。逆に、はっきり低い日が続くときは、睡眠不足や飲みすぎ、風邪の入り口、あるいは仕事や人間関係のストレスで、体が休みを求めているのかもしれません。

そんな日は、激しい運動を軽い散歩に切り替えたり、早めに休んだりと、その日の過ごし方を調整するヒントになります。

正しく測るコツと、つい“盛って”しまう落とし穴

自動記録がまばらなぶん、狙って測りたいときに頼りになるのが、Apple Watchに元から入っている「マインドフルネス」アプリです。1分ほどのセッションを始めると、その間しっかりとHRVが測定され、記録に残ります。

測るタイミングは、朝、目覚めてすぐ、スマホの通知を見る前がよいとされています。メールやSNSを開いて心がざわつく前の、いちばん素の状態を捉えられるからです。毎朝同じ条件で測ると、自分の基準がぶれずに定まります。

ただ、このアプリには一つ、気をつけたい落とし穴があります。マインドフルネスアプリは本来、瞑想やリラックスのための道具で、画面の動きに合わせてゆっくり深く呼吸するよう促してきます。ところが、この深呼吸そのものが、HRVを実際より高く見せてしまうのです。

人の体には、息を吸うと心拍が上がり、長く吐くと心拍が下がるという性質があります。指示どおりに深呼吸をすると、この上げ下げが強調され、HRVの数値が押し上げられます。すると測っているのは「目覚めた素の状態」ではなく、「深呼吸でリラックスさせられた一時的な状態」になってしまいます。

ですから、素のHRVを知りたいときは、アプリの促しは気にせず、ふだんどおりの自然な呼吸を保つのがコツです。無意識に呼吸を合わせてしまわないよう、iPhoneのWatchアプリからマインドフルネスの触覚フィードバック(ハプティクス)をオフにしておくと、よけいな誘導を受けずにすみます。

HRVは、体の内側で交感神経と副交感神経が続けている綱引きを、そっと外から覗かせてくれる数字です。仕組みを知り、機種による中身の違いを踏まえ、他人とではなく過去の自分と比べる。そうやって付き合えば、朝のひとつの数字は、一日の過ごし方を決める心強いヒントになります。

大事なのは、低い数字を見て自分を責めることではありません。眠りやお酒、運動、その日のストレスが自分の自律神経にどう響いているかを、静かに読み解いていくことです。数字は、自分を採点する道具ではなく、体を整えるための手がかりです。

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