昼下がりの会議室。資料の文字が目の上をすべって、まぶたが重くなる。かと思えば夜は、ベッドに入っても天井を見上げたまま、時間だけが静かに過ぎていく。
眠りをめぐる心もとなさは、多くの方が身に覚えのあるものです。そして、その心もとなさの真ん中には、たいてい同じ問いが居座っています。結局、自分は何時間眠れば足りるのか。
「成人は7時間」という数字は、いつのまにか健康の常識として広まりました。ただ、それがどこから来た数字なのかは、あまり語られません。
ここでは、その7時間という答えが置かれるまでの道のりを、睡眠という営みが科学になっていく歴史とあわせてたどります。
眠りは長いあいだ、「何もしていない時間」だった
つい半世紀ほど前まで、睡眠は科学の主役ではありませんでした。目を閉じれば意識が消え、朝になれば戻ってくる。その間の数時間は、ただ活動が止まっているだけの空白だと考えられていたのです。
この見方を大きく変えたのが、1953年のある観察でした。シカゴ大学のナサニエル・クライトマンの研究室で、大学院生のユージン・アゼリンスキーが、眠っている人の目の動きをこつこつと記録していました。
すると、深く眠っているはずの時間帯に、まぶたの下で眼球が素早く動く場面が周期的に現れます。しかもそのとき脳波は、眠りというより、むしろ起きているときに近い波を描いていました。二人はこの発見を、同じ年にサイエンス誌で報告します。
この研究室には、当時医学生だったウィリアム・デメントも出入りしていました。彼はこの奇妙な現象の特徴づけに加わり、まぶたの下の速い眼球運動から「レム睡眠」という呼び名を与え、のちにレム睡眠が夢を見ている時間と重なることを示していきます。
わかってきたのは、眠りが一様な空白ではないということでした。深い眠りとレム睡眠がおよそ90分の周期で入れ替わり、それを一晩に何度も繰り返す。眠りは、はっきりした構造とリズムを持つプロセスだったのです。
しかも、その時間帯ごとに役割が違うこともうかがえてきました。深い眠りのあいだは体の修復が進み、レム睡眠のあいだは記憶や感情の整理が進むとされています。電源が落ちたように見えて、裏では別々の作業が動き続けているコンピューターに、少し似ています。
デメントはのちに、1953年を「睡眠の研究が本物の科学になった年」と振り返っています。眠りが科学の対象として立ち上がる出発点が、ここにありました。
眠りが「治す対象」になった日――睡眠時無呼吸という発見
レム睡眠の発見で、眠りは研究の対象になりました。それが次に、医療の対象へと広がっていきます。
デメントは1960年代にスタンフォード大学へ移り、1970年には世界で初めての睡眠障害センターを立ち上げます。眠りの異常を診察室で扱う場所が、こうして生まれました。
そこへ1972年、フランスのパリで医学を修めたクリスチャン・ギルミノーが加わります。彼が目を向けたのは、大きないびきと、日中に襲ってくる強い眠気でした。
患者の眠りを一晩じゅう記録すると、呼吸が何度も止まっては再び始まる様子が浮かび上がります。ギルミノーは1976年、この状態に「閉塞性睡眠時無呼吸症候群」という名前を与えました。
それまで「ただのいびき」や「本人の気の緩み」で片づけられてきたものが、検査で捉えられ、治療できる病気として輪郭を持ちます。夜にきちんと眠れない苦しさが、気合いの問題ではなく体の問題として扱われるようになったのです。
眠りを「測る」技術が、医学の土台になった――一晩を記録する検査
睡眠が医学の一分野になれたのは、眠りを客観的に測る方法が育ったからでもあります。
ギルミノーが呼吸の停止を見つけられたのも、患者の一晩を丸ごと記録していたからでした。脳波、目の動き、筋肉の緊張、呼吸、心拍。眠っているあいだの体の様子をまとめて記録するこの検査は、のちにポリソムノグラフィと呼ばれ、睡眠医療の土台になります。
それまで眠りは、本人の「よく眠れた」「眠れなかった」という感覚に頼るしかありませんでした。感覚は当てになりにくく、人によって物差しも違います。体温計が熱を数字に変えたように、一晩の体の信号を記録できるようになって初めて、眠りは他人と比べたり、数字で語ったりできる対象になりました。
日中にどれだけ眠いかを、眠りにつくまでの時間で測る方法も生まれ、眠気そのものを客観的に評価できるようになります。眠りの不調は、こうして「気のせい」から「データ」へと居場所を移していきました。
眠りが測れるものになったことは、のちの大きな問いにも効いてきます。世界中の研究室が同じやり方で睡眠を記録し、そのデータを積み上げられるようになったからです。「何時間眠ればいいのか」に答えるための土台が、少しずつ整っていきました。
「7時間」という答えが出るまで――15人の専門家と修正RAND法
眠りが科学になり、医学にもなった。それでも、「健康な大人は何時間眠ればいいのか」という素朴な問いには、長らくはっきりした医学的な合意がありませんでした。
この空白を埋めたのが、2015年に発表された一つの共同声明です。米国睡眠医学会と睡眠研究学会が、睡眠の専門家15人を集めて作りました。
用いられたのは、修正RAND法と呼ばれる手続きでした。個人の印象や声の大きさで結論を決めるのではなく、証拠を並べ、専門家が段階的に投票を重ねながら、合意点を絞り込んでいく方法です。
パネルは5,300本を超える論文を集め、全身の健康、心臓や血管、代謝、こころ、免疫、作業能力、がん、痛み、死亡率という9つの領域で、睡眠時間と健康の関係を精査しました。しかも集めた証拠は確からしさの度合いで格付けされ、弱い根拠に引きずられないよう配慮されています。約1年をかけ、複数回の投票を経て、2015年2月の会議で結論をまとめました。
導かれた推奨は、18歳から60歳の成人は、定期的に7時間以上眠るのが望ましい、というものでした。
睡眠には、長さだけでなく、質やタイミング、規則正しさなど多くの側面があります。そのなかで、多くの人に最も素直に伝えられる指標として選ばれたのが「時間」でした。だからこの声明は、まず7時間という一つの数字を前面に立てています。
この決め方には、数字が独り歩きしない理由が詰まっています。一人の権威が号令をかけたのではなく、大量の証拠をふるいにかけ、投票で意見のばらつきをすり合わせて置かれた数字です。陪審員が証拠を検討して評決に至るように、手続きそのものが結論の信頼を支えています。
この声明は、分野を代表する査読誌『SLEEP』と、臨床向けの専門誌に同時に掲載されました。『SLEEP』は、レム睡眠の命名や睡眠時無呼吸の発見に関わったデメントとギルミノーが、1978年に創刊した雑誌です。睡眠を科学として立ち上げた人たちが築いた場所に、その到達点としての7時間が刻まれたことになります。
では、7時間で何が変わるのか――「関連する」という言葉の重さ
7時間という目安の背後には、積み上がった観察があります。睡眠が7時間を下回る状態が続くと、さまざまな健康上の問題と関連すると報告されています。
もう少し具体的に見ると、睡眠が短い状態が続く人では、血圧や血糖の指標が乱れやすかったり、日中の作業能力が落ちやすかったりする傾向が報告されています。気分の落ち込みや、免疫の働き、体重の管理との関わりを指摘する研究もあります。
ここで大切なのは、「関連する」という言葉を丁寧に受け取ることです。睡眠が短いと必ず病気になる、と言い切れるわけではありません。多くの人を長く追いかけると、睡眠の短さと不調が重なって現れやすい、という傾向が見えている。そういう段階の話です。
必要な睡眠時間には、個人差もあります。同じ7時間でも、すっきり目覚める方もいれば、もう少し必要な方もいる。遺伝や生活習慣、その日の体調によって、ちょうどよい長さは動きます。声明のなかでも、9時間を超えて眠ることが健康に良くないかどうかは、はっきりしないとされています。
そのため7時間は、達成しなければならないノルマというより、多くの大人にとっての目印と受け取るのが自然です。数字を一つ増やすことに気を取られるより、規則正しく十分な眠りを確保するほうが、体には素直に届きます。
削るより、守る――半世紀ぶんの「7時間」
冒頭の、午後の眠気や寝つけない夜を思い返します。その心もとなさの奥にあった「結局、何時間眠ればいいのか」という問いには、いまでは半世紀ぶんの答えが用意されています。
眠りが空白ではなく構造を持つプロセスだとわかり、その眠りを測る技術が育ち、眠りの不調が治療できる病気として扱われるようになり、そのうえで大量の証拠と投票から7時間という目安が置かれた。7時間は、思いつきの数字ではなく、その長い道のりの先に静かに置かれた出発点です。
自分の眠りが足りているかを知る手がかりも、以前よりずっと身近になりました。指輪型のOura Ring 5や、回復度を数字で示すWHOOPのように、眠りの深さや長さを毎晩記録してくれる道具が広がっています。数字はあくまで自分の眠りを見つめ直すきっかけで、そこから、睡眠を削る側ではなく守る側へ、少しずつ舵を切っていけます。
7時間という数字の奥には、眠りを軽んじてきた時代を変えようとした人たちの半世紀があります。その積み重ねを思うと、今夜の眠りをつい一時間削ってしまう前に、ほんの少しだけ立ち止まってみたくなります。



