おならは腸内細菌からの合図――食物繊維が作る水素と、呼気でわかること

おならは腸内細菌からの合図――食物繊維が作る水素と、呼気でわかること

ごぼうやオートミールをたっぷり食べた日の午後、お腹が少し張って、いつもよりおならが出やすい。そんな経験のある方は多いはずです。食物繊維は体にいい、とよく言われますが、その一方で、お腹の張りやガスという、少し気まずい反応もついてきます。

この二つは、同じ現象の裏表です。食物繊維が大腸に届いてから何が起きているのかをたどると、腸内細菌が営むにぎやかな世界が見えてきます。

お腹の張りとおならの正体――大腸は巨大な発酵タンク

食べ物の多くは、胃と小腸で消化・吸収されます。ところが食物繊維や一部の難消化性の糖は、私たちの消化酵素では分解できません。分解されなかったこれらの成分は、そのままの形で大腸まで下っていきます。そこで待ち構えているのが、膨大な数の腸内細菌です。

大腸は、体内に抱えた巨大な発酵タンクのようなものです。腸内細菌は届いた食物繊維をエサとして分解し、その過程で短鎖脂肪酸などの有用な物質を作り出します。

この発酵の副産物として、ガスも生まれます。水素、二酸化炭素、そして人によってはメタン。おならの正体の多くは、この発酵ガスです。おならのニオイそのものは、ごく微量に含まれる硫黄系のガスによるものです。量の大半を占める水素や二酸化炭素、メタンには、ほとんどニオイがありません。

食後のお腹の張りやおならは、腸内細菌が元気にエサを食べている合図でもあります。不快ではあっても、発酵そのものは体にとって自然な営みです。

呼気でお腹の中をのぞく――水素とメタンの検査

ここで面白いのは、私たち人間の細胞が、水素ガスやメタンガスを自分で作り出す仕組みを持っていないことです。だとすれば、体の中にある水素やメタンは、すべて腸内細菌が発酵で生み出したものだということになります。この単純な事実が、医療の現場で巧みに使われています。

大腸で発生した水素の一部は、腸の壁から血液に溶け込み、肺まで運ばれて、息と一緒に吐き出されます。呼気に含まれる水素やメタンの量を測れば、お腹の中の発酵のようすを外から間接的にのぞくことができます。これが「呼気水素・メタン検査」です。小腸で細菌が異常に増える小腸内細菌増殖症(SIBO)や、乳糖不耐症などを調べるために、世界中で使われています。

検査では、決まった量のブドウ糖やラクツロースといった糖を飲み、一定の時間ごとに息を採って水素とメタンの濃度を追いかけます。ラクツロースは私たちの消化酵素では分解されず、確実に大腸まで届く糖で、便秘の治療にも古くから使われてきました。

判定にはおおまかな目安があります。北米の専門家がまとめた基準では、飲んでから90分以内に水素がもとの値より20ppm以上上がるとSIBOが疑われ、メタンが10ppm以上出るとメタン産生菌の増殖が疑われる、とされています。

もし小腸に細菌が増えすぎていると、糖が大腸に届く前の早い段階で発酵が始まり、水素の立ち上がりが早くなります。息の中のガスの動きから、腸のどこで発酵が起きているかを推し量る、というわけです。

体を傷つけず、費用も抑えられるこの検査は、お腹の張りやガスに悩む人を診るうえで、手軽で安全な手がかりになっています。

水素はどこへ消えるのか――腸内の“ガスの奪い合い”

大腸ではかなりの量の水素が作られています。ところが、その多くはそのまま外に出ていくわけではありません。作られたそばから、別の微生物たちに横取りされていきます。

腸内には、水素をエサとして使う微生物のグループが古くから知られています。硫酸還元菌は水素を使って硫化水素を作り、メタン生成菌は水素と二酸化炭素からメタンを作り、酢酸生成菌は水素から酢酸を作ります。

これらの微生物にとって、水素はエネルギー源です。限られた水素をめぐって、腸の中では静かな奪い合いが起きています。その奪い合いの結果は、検査にも表れます。メタン生成菌をたくさん持つ人は、作られた水素がどんどんメタンに変えられるため、息に出てくる水素そのものは少なくなる傾向があります。

もっとも、この“消費者”の顔ぶれについては、近年見直しが進んでいます。従来主役とされてきた硫酸還元菌やメタン生成菌は、実は腸内での数がそれほど多くなく、別の種類の細菌が水素の主要な消費者ではないか、と指摘する研究も出てきました。腸内のガスの流れは、まだすべてが解き明かされたわけではありません。

水素を作る主役は誰か――覆った常識

かつて、腸内で水素を作る主役は、大腸菌などのなじみ深い細菌だと考えられていました。これらの菌は糖を発酵させてガスを出すことがよく知られていたからです。

ところが、それらの菌は健康な人の腸内では全体の1%にも満たない少数派でした。1日に作られる大量の水素を、この少数派だけで説明するのは無理があります。

長く残っていたこの謎に、2025年にオーストラリアの研究チームが答えを示しました。腸内の便や組織を網羅的に調べた結果、水素を生み出す主役は、これまで見過ごされてきたバクテロイデスという別のグループの細菌だったのです。

鍵を握っていたのは、これらの菌が広く持つ「グループB [FeFe]-ヒドロゲナーゼ」という酵素です。腸内の水素をつくる酵素の中で、最も多く存在し、最もさかんに働いていることが確認されました。

この酵素の役割は、菌にとってのゴミ処理にたとえると分かりやすくなります。糖を発酵させると、細胞の中に余分な電子がたまっていきます。電子がたまりすぎると発酵が止まってしまうため、菌はこの電子を水素という形にして外へ捨てているのです。たまった電気を逃がすための、安全弁のような働きです。

つまり水素は、腸内細菌が発酵を続けるために欠かせない、代謝の逃し口だということになります。おならに含まれる水素は、菌が元気に働いている証しでもあるわけです。

同じ研究では、健康な人とクローン病の人とで、この酵素の顔ぶれが違うことも報告されています。腸内のガスの作られ方が、腸の状態と関わっている可能性を示す手がかりとして、注目されています。

腸の水素に、体はどう向き合うのか――研究段階の話

近年、腸内で作られる水素そのものが、体に対して何か働きを持つのではないか、という研究も進んでいます。

きっかけは古く、1988年に、食物繊維の豊富な食事が体にいいのは、発酵で生まれる水素が一役買っているからではないか、という仮説が出されました。2007年には、水素が特定の有害な活性酸素だけを選んで抑える、という報告が発表され、研究が一気に広がりました。

お腹の張りやおならは、できれば避けたい反応かもしれません。けれど視点を変えれば、それは大腸という発酵タンクが動いている音でもあります。

ごぼうやオートミールを食べた日にお腹が張るのは、届いた食物繊維を腸内細菌が受け取り、さかんに働いている合図です。息に出てくる水素をたどれば、その営みの一端を、私たちは外からのぞくことができます。

腸の中で静かに続く発酵と、ガスをめぐる細菌たちのやりとり。まだ解明の途中にあるこの世界は、これからも新しい発見を運んできてくれそうです。

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