スマートフォンで検索履歴をたどっているうちに、「MTHFR」「メチレーション」という表示があり、遺伝子の型によっては、うまくビタミンを使えない体質かもしれない。放っておくと病気につながる――そんな見出しが並び、気づけば高価なサプリメントの広告まで表示されている。
少し身構えた覚えのある方は、少なくないはずです。
メチレーションは、たしかに体に欠かせないしくみです。ここでは、メチレーションとは何かという足元を確かめながら、この言葉とどのくらいの距離で付き合えばいいのかを、ほどいていきます。
体の中で毎秒起きている「メチル基の受け渡し」
メチレーションを一言でいえば、メチル基という小さな部品を、あちこちに配って回る作業です。メチル基は、炭素ひとつと水素三つでできた、ごく小さな化学の札のようなものです。これがDNAやタンパク質、神経伝達物質などにぺたりと貼られると、その分子の振る舞いが変わります。
配り役をつとめるのが、SAMe(S-アデノシルメチオニン)と呼ばれる物質です。全身のあちこちで、SAMeがメチル基という札を手渡し、受け取った側は少しだけ性質を変える。この受け渡しが、体の中では毎秒、数え切れない回数くり返されています。
この札貼りは、とりわけDNAに対して大きな意味を持ちます。遺伝子という分厚い取扱説明書のうち、どのページを読み、どのページを閉じておくか。メチル基の札は、その付箋の役割を果たしていると考えられています。
同じ設計図を持つ細胞が、皮膚になったり肝臓になったりと枝分かれできるのも、この付箋の貼り方が違うからです。生活習慣や食事によって貼られ方が変わりうる――遺伝子そのものは書き換えずに、読み方だけが変わる。この見方はエピジェネティクスと呼ばれ、近年とくに研究が進んでいる領域です。
葉酸・ビタミンB12・B6 ―― 受け渡しを支える補給ライン
札を配り続けるには、札そのものを絶やさない補給が要ります。その供給ラインを担うのが、葉酸やビタミンB12、B6といったビタミンB群です。
体の中では、葉酸が形を変えながらメチル基のもとを用意し、それをSAMeへと渡していく流れがまわっています。この一連の流れは一炭素代謝とも呼ばれ、葉酸の回路とメチオニンの回路が、たすきをつなぐように連動しています。
回路をまわす途中では、ホモシステインという中間産物が生まれます。使い終わって外された部品のようなもので、ビタミンB12などの助けを借りて、もう一度メチオニンへと戻され、再利用されます。ここでビタミンが足りないと、ホモシステインが行き場を失い、血液中にたまりやすくなると報告されています。
ただ、葉酸だけをむやみに増やせばいい、という話でもありません。葉酸ばかりが過剰になると、かえってビタミンB12の不足が見えにくくなることが知られています。裏を返せば、この補給ラインは特別なサプリだけのものではありません。葉物野菜や豆類、魚、卵、レバーといった日々の食材が、そのまま葉酸やB12、B6の供給源になっています。冒頭で身構えたサプリ広告より先に、まず食卓が土台にある、という順番です。
MTHFR という遺伝子 ―― ありふれていて、多くは心配いらない
なぜ、ひとつの遺伝子の名前が、これほど不安とセットで語られるのでしょう。話の中心にいるのは、MTHFRという酵素と、その設計図である遺伝子です。
MTHFRは、葉酸を活性型へと変える、補給ラインの要にあたる酵素です。この遺伝子にはC677Tと呼ばれる型の違いがあり、その型によって酵素の働きがゆるやかになることが知られています。1995年にこの型を初めて報告した研究によれば、片方だけ受け継いだ場合で35%ほど、両方受け継いだ場合で70%ほど活性が下がるとされ、活性が下がるとホモシステインがやや高めに出やすくなります。
ここで大切なのは、この型が決して珍しいものではない、という点です。各国の集団を比較した調査によれば、両方を受け継ぐタイプは、日本人でおよそ15%――七人に一人ほどに見られます。ありふれた体質の違いの一つ、と言ってよい頻度です。
型にはC677Tのほかにもいくつかの種類が知られていますが、受け止め方の基本は変わりません。手軽な遺伝子検査で「あなたは要注意の型」と示されても、それだけで慌てる理由にはならない、というのが近年の専門家の立場です。
実際、2013年に米国の遺伝医学の専門学会(ACMG)が示し、2020年にあらためて確認された指針では、血栓症などの検査として日常的にMTHFRの型を調べることは勧められていません。近年の総説でも、ホモシステインが高くない限り、MTHFRの型そのものが単独で病気の原因になるとは言えない、と整理されています。型が分かったからといって、葉酸の予防的な摂り方を変える必要もない、というのが共通した見方です。
ホモシステインの話 ―― 相関はある、でも「下げれば安心」とは限らない
不安の連鎖のもう一方の主役が、さきほど出てきたホモシステインです。血液中のホモシステインが高い人ほど、心臓や血管の病気が多い――こうした相関は、観察研究で古くから指摘されてきました。
であれば、ビタミンB群でホモシステインを下げれば、病気も防げるのではないか。この見立てのもとで、数万人規模の試験がいくつも行われました。結果は、少し込み入っています。
ビタミンB群がホモシステインを下げること自体は、しっかり確かめられています。ところが、2010年に8つの試験・約3万7千人分をまとめた解析や、2025年の新しいメタ解析でも、ホモシステインが下がっても、心筋梗塞などの主要な心血管の出来事や死亡が減るとは言えませんでした。脳卒中に絞った解析ではわずかな効果を示すものもありますが、専門家のあいだでも評価はまだ分かれています。
相関があることと、下げれば安心できることは、別の話です。数値そのものを標的にして高価な対策に走るより、その手前で一度立ち止まる理由が、ここにあります。
では、何をすればいいのか ―― 食事から支えるという考え方
ここまで来ると、冒頭の身構えは、少しほどけてくるはずです。メチレーションは大切なしくみです。けれど、その大切さは、遺伝子検査に駆け込んだり、複雑なサプリの組み合わせを買いそろえたりすることに、まっすぐには結びつきません。
いま確かに言えるのは、補給ラインを日々の食事で支えるという、素朴な土台の部分です。葉酸やB12、B6を含む食材を、ふだんの食卓にほどよく取り入れる。その積み重ねが、メチル基の受け渡しを静かに支えています。



