ビタミンDと乳がんの深い関係

乳がんは日本人女性にとって最も発症率の高いがんの一つとなっています。国立がん研究センターの調査によると、女性の9人に1人が生涯で乳がんを発症すると言われており、その数は年々増加傾向にあります。このような状況の中、乳がんの予防に関する研究が世界中で進められています。近年特に注目を集めているのが、ビタミンDと乳がん発症リスクの関連性です。
様々な研究から、血中ビタミンD濃度が十分な女性は、不足している女性と比較して乳がんの発症リスクが大幅に低下する可能性が示唆されています。 カナダのトロント大学が行った前向きコホート研究では、乳がんと診断された時の血中ビタミンDレベルが不足状態だった患者は全体の3分の1以上に上り、ビタミンDが十分だった患者に比べて長期的な再発や死亡のリスクが高いことが明らかになりました。
このような研究結果は、ビタミンDが乳がんの予防や転帰の改善に重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。 ビタミンDは私たちの体内で細胞の増殖や分化を調節する重要な役割を担っています。近年の実験研究から、ビタミンDには細胞増殖を抑制したり、細胞死を促進したりする作用により、がんを予防する効果があると考えられています。また、ビタミンDは体内でカルシトリオールというホルモンに変換され、ビタミンD受容体に結合します。このビタミンD受容体は非常に多くの遺伝子を調節しており、その中にはがんに関連する遺伝子も含まれています。
特に興味深いのは、マウスを使った実験でビタミンD受容体発現レベルが低い腫瘍を持つマウスの半数以上で肝臓への転移が見られた一方、ビタミンD受容体発現が通常レベルの腫瘍細胞を持つマウスでは転移がんの証拠は得られなかったという研究結果です。これは、ビタミンDが単にがんの発生を抑制するだけでなく、転移も抑える可能性があることを示唆しています。 しかし、日本人の現状を見ると、日本人の8割でビタミンDは不足しており、4割で欠乏していると言われています。これは現代の生活様式の変化により、日光を浴びる機会が減少していることや、ビタミンDを多く含む食品の摂取が不足していることが原因と考えられます。
効果的なビタミンD摂取法

ビタミンDを効果的に摂取するためには、食事と日光浴の両方からアプローチすることが重要です。ビタミンDは他のビタミンと異なり、食事からだけでなく、日光を浴びることで皮膚でも生成される特殊な栄養素です。
まず食事からのビタミンD摂取について考えてみましょう。ビタミンDを多く含む食品としては、鮭やいわし、さんまなどの脂質の多い青魚類が挙げられます。また、きのこ類、卵、肉類からも摂取できますが、魚類に比べると含有量は多くありません。特に注目すべきは干ししいたけと生のしいたけを比べると、干ししいたけの方がビタミンDは多いという点です。
これはしいたけを日光に当てるとビタミンDが増えるためです。普段の料理で使うしいたけを購入したら、調理前に少し天日干しにするという習慣をつけるだけでも、ビタミンD摂取量を増やす効果が期待できます。 日本人の食事摂取基準(2020年版)によると、成人のビタミンDの1日あたりの摂取目安量は8.5μgとされています。しかし、この摂取目安量は適度な日光浴により体内でビタミンDが生産されていることを踏まえて策定されています。つまり、適切な日光浴を行わない場合は、食事からより多くのビタミンDを摂取する必要があるのです。
次に重要なのが日光浴による体内でのビタミンD生成です。日光を浴びて紫外線が肌に当たると、体内のコレステロールを材料として肌でビタミンDが生成されます。しかし、1980年代のオゾンホール発見等オゾン層の破壊が顕在化して以来、紫外線は有害であるとの考え方が浸透し、太陽光をなるべく浴びないようにするという風潮が広まってきたことも、近年のビタミンD不足の一因と考えられます。 効果的な日光浴の方法としては、地域によって異なりますが、夏は15〜30分程度、冬は80〜100分程度の日光浴が推奨されています。ただし、ビタミンDの産生を行うために必要な日光浴の時間は、地域や時刻、天候、皮膚の色によって異なるため、一律に「何分」と定義することはできません。
例えば、夏のお昼頃であれば3~5分程度が目安になる一方、冬の場合は、地域によって状況が大きく異なります。冬のお昼頃、那覇では10分もかからず十分なビタミンDが産生できますが、札幌では1時間以上もかかります。 興味深いのは、ビタミンDを生成する紫外線と日焼けをする紫外線はほぼ同じで、日焼け止めを塗っているとビタミンDがうまく作られないという点です。美容のために日焼けを避けたい方には、「顔」にだけ日焼け止めを塗り、日焼けの原因となるメラニン色素が少ない「手のひら」には日焼け止めを塗らず、日光が当たるようにする方法がおすすめです。
ビタミンDを軸とした乳がん予防の健康習慣

ビタミンDの摂取は乳がん予防の一つの要素ですが、より効果的な予防のためには、総合的な健康習慣を身につけることが重要です。ビタミンDを軸としながら、他の健康習慣も組み合わせて実践していきましょう。 まず重要なのは、適切な体重の維持です。肥満の患者さんの乳がん再発リスクは、そうでない患者さんと比べて1.4~1.8倍高いことが示されています。この理由の一つとして、脂肪組織がエストロゲンの供給源となることが挙げられます。
乳がんの多くはエストロゲンの影響を受けるため、肥満を避け、適正体重を維持することは乳がん予防の基本となります。 次に大切なのが運動習慣です。国立がん研究センターでは、5つの健康習慣すべてに配慮した生活を実践する人は、0または1つしか実践しない人に比べ、男性で43%、女性で37%がんになるリスクが低くなるという研究結果を発表しています。特に運動については、余暇の運動量の増加に応じて乳がん発症率の低下が認められ、定期的に運動を行うグループは、ほとんど運動を行わないグループに比べて、乳がんの発症率は約3分の2に低下することがわかっています。
また、乳がんと診断された女性のうち、ある一定以上の運動(週に1時間程度のウォーキングに相当)を行った女性では、ほとんど運動をしていなかった女性に比べて、病気を原因とするすべての死亡リスクがおよそ40%低くなっていました。 食生活の改善も重要です。日本で乳がんの患者さんが増加しているのは、食生活・生活習慣の変化が大きな原因ではないかと考えられています。
ビタミンDを多く含む食品を積極的に摂取するだけでなく、全体的な食生活のバランスも見直すことが必要です。アルコールの過剰摂取は避け、大豆製品などの植物性食品をバランスよく摂ることが望ましいでしょう。 睡眠の質も乳がん予防に関わる重要な要素です。質の高い睡眠は、乳がんという病気と向き合う上で、とても大切です。朝の光を浴びて体内時計を整える、入浴は寝る2時間前を目安にして、ぬるめのお風呂でリラックスする、夕飯は早めに済ませる、夜遅くまでパソコンやスマートフォンを使用しない、寝室の照明は暗めにするなど、よい睡眠がとれる環境を整えましょう。
今日から始められるビタミンD摂取計画

ここまでビタミンDと乳がん予防について理解を深めてきましたが、実際にどのように日常生活に取り入れていけばよいのでしょうか。今日からでも始められる具体的なビタミンD摂取計画を考えてみましょう。 まず朝食から見直してみましょう。朝食に鮭やイワシなどの青魚を取り入れることで、効率よくビタミンDを摂取できます。例えば、鮭の切り身を焼いて食べる、イワシの缶詰を使った料理を作る、干物を朝食のおかずにするなどの方法があります。また、卵も手軽にビタミンDを摂れる食品です。目玉焼きや卵焼き、ゆで卵などを朝食に取り入れましょう。
昼食時には、外でランチを食べる機会があれば、それを利用して15分程度の日光浴を兼ねた散歩をすることをおすすめします。特に10時から14時の間は紫外線が強く、効率よくビタミンDを生成できる時間帯です。ただし、真夏の強い日差しの中での長時間の日光浴は避け、熱中症対策もしっかり行いましょう。 夕食では、きのこ類を積極的に取り入れることが効果的です。干ししいたけの方がビタミンDは多いので、干ししいたけを戻して使った煮物や炒め物を作りましょう。また、ビタミンDは脂溶性なので、脂質を含む動物性食品から摂取したほうが吸収されやすいのですが、きのこ類でも炒め物や揚げ物にして油とともに摂取することで吸収率を上げることができます。
週末などの時間がある日には、海や山などの自然の中で過ごす時間を作りましょう。屋外でのハイキングや散歩、ガーデニングなどの活動は、日光浴による自然なビタミンD生成と運動を同時に行える効率的な方法です。 季節によってビタミンD生成量は変わります。紫外線量の少ない冬には、食品からのビタミンD摂取をより意識する必要があるかもしれません。冬期は特に意識してビタミンDを多く含む食品を摂取するように心がけましょう。 また、ビタミンDは鮭やいわし、さんまなどの脂質の多い青魚類に多く含まれています。しかし、穀類や緑黄色野菜類、豆類にはあまり含まれていないため、普段の食事でこれらに偏っている方は、特に意識してビタミンDが豊富な食品を取り入れる必要があります。
もし食事や日光浴だけでは十分なビタミンDを摂取することが難しい場合は、ビタミンDを補う方法はさまざまです。例えば、ビタミンDを強化した卵、ビタミンDを配合したシリアルや牛乳、栄養補助食品も、手軽に栄養素を摂取できます。ただし、過剰摂取は健康障害に繋がるリスクもあります。活用する栄養補助食品に含まれるビタミンDの量をきちんと把握し、摂取量を調整することが大切です。 以上のように、食事と日光浴を組み合わせたビタミンD摂取計画を日常生活に取り入れることで、乳がんリスクの低減につながる可能性があります。毎日の小さな習慣が、将来の健康を大きく左右します。今日から始めて、健康で充実した生活を送りましょう。