染色を終えた絣糸は、ついに織りの工程へと進みます。ここで初めて、長い制作過程を経た糸たちが一つの織物として形を成します。久留米絣の織りは、単に糸を組み合わせる作業ではありません。図案設計から始まった職人の意図を具現化し、絣特有の美しい模様を正確に表現する、技術と芸術性が融合した最終段階です。
織り工程では、それまでの全ての工程の成果が試されます。わずかなずれや調整ミスも最終的な製品の品質に直結するため、織り手には高度な技術と集中力が求められます。完成まであと一歩の段階だからこそ、気を抜くことのできない重要な工程といえるでしょう。
織機と準備工程:精密な道具立て

久留米絣の織りには、主に手織り機が使用されます。現代でも多くの工房で伝統的な高機(たかはた)が活用されており、織り手は機織り台に座って作業を行います。機械織りも一部で導入されていますが、複雑な絣模様や高級品には手織りが不可欠です。手織り機は織り手の体格や織り方に合わせて細かく調整され、長時間の作業でも疲労を軽減できるよう配慮されています。
織り始める前の準備工程「整経(せいけい)」は極めて重要です。染色を終えた絣糸を織機に正確に設置し、縦糸の張力を均一に調整します。この際、絣糸の柄合わせが正確に行われているかを詳細に確認します。一本でも位置がずれると、織り上がりの模様が崩れてしまうため、慎重な作業が求められます。
横糸の準備も重要な工程です。緯絣(よこがすり)の場合は、横糸にも絣糸を使用するため、縦糸との柄合わせがさらに複雑になります。杼(ひ)と呼ばれる道具に横糸を巻き、織り進める過程で正確に柄が合うよう、事前に綿密な計算と調整が行われます。この準備段階での精度が、最終的な製品の美しさを左右します。
現代では織機の改良も進んでいます。従来の木製織機に加え、金属製の精密織機も使用されるようになりました。これらの改良により、より安定した張力管理と正確な織りが可能になっています。しかし基本的な織りの技術は伝統的な手法が維持されており、機械の進歩と職人技術の融合により、品質の向上が図られています。
織りの技術:柄合わせの精密技術

久留米絣の織りで最も重要な技術が「柄合わせ」です。縦糸と横糸の絣柄が正確に交差する位置で織ることにより、美しい模様が現れます。この作業は織り手の目と手の感覚に頼る部分が大きく、長年の経験により培われる技術です。特に複雑な柄の場合、一段織るごとに柄の位置を確認し、微調整を行う必要があります。
織りの密度管理も重要な技術要素です。絣織物は通常の織物よりも密度を高く織ることで、柄の鮮明さと布の耐久性を確保します。筬(おさ)と呼ばれる道具で横糸を打ち込む力加減により密度を調整しますが、強すぎると糸が切れ、弱すぎると柄がぼやけてしまいます。織り手は糸の状態と織り進度を常に観察し、最適な力加減を維持します。
織りの速度も品質に影響する要素です。急いで織ると柄合わせが不正確になり、遅すぎると糸の張力が不安定になります。熟練の織り手は一定のリズムを保ちながら織り進め、品質と効率のバランスを取ります。また、織り進める過程で現れる柄を常にチェックし、問題があれば即座に修正を行います。
特殊な織り技法として「ぼかし織り」があります。これは絣糸のぼかし部分を活かし、グラデーション効果を織物に表現する高度な技術です。染色工程でのぼかし加工と織りの技術が組み合わされることで、他の織物では表現できない独特の美しさが生まれます。この技法は久留米絣の最も特徴的な表現方法の一つとして評価されています。
品質検査と修正:完璧を目指す最終調整

織り上がった布は厳格な品質検査を受けます。まず全体的な柄の出具合を確認し、設計図案通りに織れているかをチェックします。柄のずれ、色むら、織り傷などがないか、一寸単位で詳細に検査が行われます。久留米絣は高級織物として位置づけられているため、わずかな欠陥も許されません。
発見された問題点は可能な限り修正が行われます。小さな糸切れや色飛びは、専用の道具を使って補修します。しかし大きな柄ずれや重大な織り傷は修正が困難で、その部分を除いて製品化するか、場合によっては全体を作り直すこともあります。このような厳格な品質管理により、久留米絣の高い品質が維持されています。
織り上がり直後の布は「生機(きばた)」と呼ばれる状態で、まだ最終的な風合いではありません。この段階で幅や長さを測定し、規格に合っているかを確認します。また、織りの密度や厚みも測定し、用途に応じた適切な値になっているかをチェックします。これらの数値が基準を満たさない場合は、調整や再加工が必要になります。
現代では検査技術も向上しています。拡大鏡や専用の照明装置を使用し、より精密な検査が可能になりました。また、デジタル技術を活用した柄の検査システムも一部で導入されており、人の目では見落としがちな微細な欠陥も発見できるようになっています。しかし最終的な判断は経験豊富な検査員の目に委ねられており、機械と人間の判断力を組み合わせた品質管理が行われています。
仕上げ工程と完成:伝統技術の結晶

品質検査を通過した布は仕上げ工程に入ります。まず「湯通し」と呼ばれる工程で、織り上がった布を温湯で洗い、織りの際についた汚れや油分を除去します。同時に、糸の縮みを安定させ、最終的な寸法を確定させます。この工程により、布は柔らかく自然な風合いを獲得し、着用に適した状態になります。
乾燥工程では、布を適切な張力をかけて干し、形を整えます。天日干しが理想的ですが、天候や季節により室内乾燥も行われます。乾燥中は布の状態を常に監視し、しわや縮みが生じないよう注意深く管理します。乾燥後は再度寸法を測定し、最終的な製品規格を確認します。
最終仕上げでは「湯のし」という工程が行われることもあります。これは蒸気を当てながら布を伸ばし、表面を滑らかに整える技術です。特に着物などの高級品では、この工程により上品な光沢と手触りが生まれます。湯のしは熟練した技術を要する工程で、温度や蒸気量の調整が重要な要素となります。
完成した久留米絣は、最終検査を経て出荷されます。この段階では、色彩の美しさ、柄の正確性、布の風合い、寸法精度など、すべての要素が総合的に評価されます。久留米絣の制作は、図案設計から始まり、手くくり、染色、織り、仕上げまで、すべての工程が高度な技術を要する芸術的な作業です。完成した一反の布には、多くの職人の技術と情熱が込められており、それが久留米絣の価値と美しさの源泉となっています。現代においても、この伝統的な製法を守り続けることで、他では得られない独特の魅力を持つ織物として評価され続けています。