ハンガリーデジタルノマド生活における日本人特有の課題

美しい建築物とドナウ川の景観で知られるハンガリーの首都ブダペストは、手頃な生活費と充実したインターネットインフラから、デジタルノマドにとって魅力的な拠点となっています。しかし、日本人がハンガリーでデジタルノマドビザ(通称ホワイトカード)を利用して生活する際には、いくつかの特有の課題に直面することになります。
最大の障壁となるのが言語の壁です。ハンガリー語はフィンランド語やエストニア語とともにウラル語族に属し、他のヨーロッパ言語とは全く異なる言語体系を持ちます。「köszönöm」(ありがとう)や「viszlát」(さようなら)などの基本的な挨拶でさえ、日本人にとっては発音が難しいと感じることでしょう。ブダペストなどの都市部では観光地やビジネス環境で英語が通じることも多いですが、行政手続きや日常生活では依然としてハンガリー語が必要となる場面が数多くあります。
また、日本人コミュニティはロンドンやベルリンなどの他の欧州主要都市に比べると小規模で、在留邦人数は約1,000人程度にとどまります。そのため、日本語でのサポートやネットワークを得る機会も限られます。ハンガリーでの生活をスムーズに始めるためには、事前に通訳サービスや翻訳アプリの準備、英語力の向上など、言語への対策をしっかりと立てておくことが重要です。
さらに、ハンガリーのデジタルノマドビザには家族の統合に関する大きな課題があります。多くの国のデジタルノマドビザでは家族の帯同が比較的容易に認められるのに対し、ハンガリーでは「家族の統合ができない」という特徴があります。これは、配偶者が別途ホワイトカードを申請し、独自に収入条件(月収2,000ユーロ以上)などの要件を満たさなければならないことを意味します。このため、片方の配偶者だけが収入を得ている家庭や、小さな子どもを持つ家族にとって、ハンガリーへの移住は簡単ではありません。
家族帯同に関する制度と対応策

ハンガリーのデジタルノマドビザの特殊な点は、配偶者や子どもを「扶養家族」として申請できない点にあります。これは、多くの国のデジタルノマドビザ制度とは異なる仕組みです。例えば、クロアチアやマルタのデジタルノマドビザでは、主申請者の収入が基準を超えていれば、家族全員をカバーできる仕組みになっていますが、ハンガリーでは各自が独立して条件を満たす必要があります。
この制度は特に日本人家族にとって課題となることが多いです。日本では夫婦のどちらかが専業主婦/主夫である家庭も少なくなく、両配偶者がそれぞれリモートワークの収入を持つことが前提となるハンガリーのシステムには適合しにくい場合があります。子どもについても同様に独自の資格が必要となるため、未成年の子どもの帯同は実質的に難しいといえるでしょう。
この状況に対応するための一つの選択肢は、個人事業主として活動する配偶者を設立し、必要な収入要件を満たすことです。例えば、主たる収入を得ている配偶者の会社から、もう一方の配偶者にコンサルティング契約などの形で仕事を発注し、収入を確保するといった方法が考えられます。ただし、このような対応は税務上の問題が生じる可能性もあるため、専門家の助言を受けることをお勧めします。
また、別の選択肢としては、短期滞在制度を活用する方法もあります。シェンゲン協定加盟国であるハンガリーでは、短期滞在(180日間のうち最大90日間)であれば日本人は査証免除で滞在できます。そのため、一つの対応策として、主申請者のみがデジタルノマドビザを取得し、家族は90日間の短期滞在と一時的な出国を組み合わせる形で滞在するという方法も考えられます。ただし、この場合も90日を超える連続滞在はできないため、長期的な家族生活には適していません。
家族帯同の問題を解決するもう一つの方法として、ハンガリー以外の近隣国(オーストリアやスロバキアなど)での居住を検討することも一案です。ハンガリーとこれらの国の間の移動は比較的容易であるため、ハンガリーでの仕事と近隣国での家族生活を両立させるという選択肢も考えられます。
子どもの教育と日本語環境の維持

デジタルノマドとして家族でハンガリーに滞在する場合、子どもの教育は最も重要な検討事項の一つです。ブダペストには「在ハンガリー日本国大使館付属ブダペスト日本人学校」が存在し、日本の学習指導要領に沿った教育を提供しています。この学校は小中学校課程を持ち、全日制で運営されています。また、土曜日のみ国語を教える「ブダペストみどりの丘日本語補習校」もあり、現地校や国際学校に通いながら日本語を維持したい家庭にとって選択肢となります。
ブダペストには質の高い国際学校も複数存在します。アメリカン・インターナショナル・スクール・オブ・ブダペスト(AISB)やブリティッシュ・インターナショナル・スクール・ブダペスト(BISB)などが代表的で、英語で教育を受けることが可能です。また、一部の国際幼稚園では日本語教育を取り入れているところもあり、小さな子どもを持つ家庭に魅力的な選択肢となっています。
しかしながら、これらの国際学校は授業料が高額であることが多く、年間100万円を超えるケースもあります。また、入学に際しては厳格な審査や入学試験があることも珍しくありません。デジタルノマドビザの有効期間が最長でも2年(1年+更新1年)であることを考えると、子どもの教育環境を短期間で何度も変えることになる可能性があり、特に日本の教育システムに戻ることを念頭に置いている家庭にとっては、慎重に検討すべき課題となります。
また、現地のハンガリーの公立学校に通う選択肢もありますが、授業はハンガリー語で行われるため、言語の壁が大きな課題となります。短期間の滞在であれば、オンライン教育や日本からの遠隔学習を活用する方法も検討の余地があるでしょう。日本の文部科学省が認定する海外子女教育のための遠隔教育サービスを利用することで、日本の教育課程を進めながらハンガリーに滞在することも可能です。
日本語環境の維持については、ブダペスト日本文化センターなどの機関が文化イベントを定期的に開催しており、日本人コミュニティの交流の場となっています。また、オンラインでの日本語の書籍や教材へのアクセスを確保しておくことも、子どもの日本語能力維持には重要でしょう。家庭内での日本語使用を徹底し、定期的に日本の家族や友人とビデオ通話をするなど、日本とのつながりを積極的に持つことも効果的です。
医療・住居・生活インフラの現状と対策

ハンガリーでのデジタルノマド生活における重要な側面の一つが医療へのアクセスです。デジタルノマドビザの取得には必ず海外旅行保険や国際健康保険への加入が求められます。ハンガリーの公的医療システムは他の欧州諸国と比較して十分に整備されているとは言えない面もあり、特に言語の問題から、日本人はしばしば私立の医療機関を利用する傾向があります。ブダペストには英語対応可能な私立クリニックがいくつか存在しますが、日本語対応の医療機関は極めて限られています。
万が一の緊急時に備えて、英語で症状を説明できるよう準備しておくことや、通訳サービスの連絡先を常に持っておくことが重要です。また、処方薬や常備薬は日本から十分に持参することをお勧めします。ハンガリーで一般的な薬でも、日本のものとは効能や副作用が異なる場合があります。深刻な疾患や専門的な治療が必要な場合は、民間医療機関を利用するか、場合によっては隣国のオーストリアの医療機関を訪れることも選択肢として考慮すべきでしょう。
住居の確保はデジタルノマドが最初に直面する大きな課題の一つです。ハンガリー、特にブダペストでの賃貸物件の契約は言語の壁や文化の違いから複雑に感じられることがあります。家賃は他の西欧諸国に比べればリーズナブルですが、契約期間が1年以上のものが一般的であり、デジタルノマドビザの期間に合わせた柔軟な契約を結ぶのが難しい場合があります。また、家具付きの物件は限られており、家具なしの物件が多いことも特徴です。
住居探しにはローカルの不動産エージェントの利用が効果的ですが、英語対応可能なエージェントを見つけることが鍵となります。または、Airbnbなどのプラットフォームで長期滞在向けの物件を探す方法もあります。デポジット(敷金)は通常2ヶ月分の家賃が必要となり、初期費用がかさむことも念頭に置いておきましょう。日本人コミュニティが集中しているエリアはブダ地区(特に丘陵地帯)に多く、日本人学校へのアクセスがよい地域として人気があります。一方、若いデジタルノマドの間ではペスト地区のコワーキングスペースが多いエリアも人気です。
生活インフラについては、ハンガリーは日本に比べるとやや不便に感じることがあるでしょう。公共交通機関は比較的よく整備されていますが、サービスの信頼性や清潔さは日本ほどではありません。インターネット接続は都市部では高速で安定していますが、郊外や地方では接続品質が落ちることがあります。モバイルデータ通信は比較的安価で利用できますが、契約には現地の身分証明書が必要な場合があり、初期段階ではプリペイドSIMを利用するのが便利です。
食生活については、ハンガリー料理は肉と小麦を中心とした食文化で、日本食材の入手は限られます。ブダペストには数件の日本食料品店がありますが、品揃えは限定的で価格も高めです。味噌、醤油、海苔などの基本的な調味料は日本から持参するか、オンラインでの購入を検討することをお勧めします。米は入手可能ですが、日本米とは品質や炊き上がりが異なります。電気炊飯器を持参するか、現地で購入することも検討すると良いでしょう。