「副腎疲労」「隠れ貧血」と言われたら――血液検査の"理想値"をどう受け止めるか

「副腎疲労」「隠れ貧血」と言われたら――血液検査の"理想値"をどう受け止めるか

健康診断の結果は、どの項目も基準の枠に収まっている。それなのに、だるさや冷え、寝つきの悪さが抜けない。そんなとき、ネットやSNSで「その不調、副腎疲労かもしれません」「フェリチンは85ないと隠れ貧血です」といった言葉に出会うことがあります。

基準値の内側にいるのに、「本当はまだ足りない」と言われる。健診では見つからない不調の正体を、細胞レベルの栄養不足として説明してくれる――そう聞くと、つい前のめりになる方も多いはずです。

基準値がどう引かれた線なのかは、以前の記事でくわしく見ました。今回はその先の話です。「基準値内でも最適とは限らない」と説く"理想値"という考え方を、どう受け止めればいいのか。使える部分と、立ち止まったほうがいい部分を、一つずつ分けていきます。

「基準値」の内側に、もう一本の線を引く――「理想値」という発想

分子整合栄養医学、オーソモレキュラーと呼ばれる考え方があります。血液検査を、病気の有無ではなく、細胞レベルの栄養状態を映す鏡として読む、という立場です。

その中心にあるのが「理想値(最適値)」という物差しです。一般的な基準値が「病気かどうか」を分ける線だとすれば、理想値は「細胞がいちばん効率よく働くのはこのあたり」という、もっと狭いレンジを指します。この見方では、基準値の枠内に収まっていても、理想値に届いていなければ「潜在的な欠乏」とみなされます。

基準値は、健康と判断された人を大勢集め、その分布の真ん中の多くが収まる区間として決められます。だとすれば、その集団の中に不足を抱えた人が多ければ、下限そのものが低めに引かれてしまう。「枠の中にいる=万全」とは限らない、という指摘は、それ自体はまっとうです。

ズレが生まれるのは、その理想値が何を根拠に引かれているか、というところです。ここが、正規の医療で使われる二本の線――基準範囲と、将来のリスクを抑えるための臨床判断値――との違いになります。

正規の二本は、大規模なデータや予防の観点から引かれています。一方、理想値の多くは、「この値なら不調が減る」と対照試験で検証されたものではなく、施術者やその流派が"望ましい"と定めた目標値です。同じ「もっと良い状態を目指す線」でも、裏にある検証の重みが違います。

隠れ貧血は、確かにある――ただ「85」の一人歩きには気をつけたい

理想値の考え方が力を発揮する例として、よく挙がるのがフェリチンです。フェリチンは、体に蓄えられた鉄(貯蔵鉄)の量を映す指標です。鉄が足りなくなるとき、体はまず貯蔵鉄から切り崩していきます。フェリチンが減り、次に血清鉄が減り、最後にヘモグロビンが下がって、はじめて「貧血」と診断される。

つまりヘモグロビンが正常でも、フェリチンだけが下がっていれば、鉄はすでに不足しはじめています。この段階が「潜在性鉄欠乏」、いわゆる隠れ貧血です。

ここまでは、民間の解釈ではなく、正規の血液学が認めている話です。日本鉄バイオサイエンス学会は、フェリチンが25ng/mL未満を貯蔵鉄の減少、12ng/mL未満を枯渇とし、後者を鉄剤による治療の対象としています。

フェリチンの基準値が低めに出やすいことも、正規の側が認識しています。月経のある女性には鉄欠乏が多く、その集団から基準値を作ると、下限がかなり低いところに引かれてしまう。だから「基準値の下限すれすれ=問題なし」とは言い切れない、という点は、先ほどの理想値の発想とも重なります。

ズレてくるのは、その先です。「フェリチンは85ないと隠れ貧血」という言い方の85は、学会が定めた治療の閾値ではなく、分子栄養の側が"望ましい"とする目標値です。数字が独り歩きすると、25や50でも「まだ足りない」と受け取られ、鉄のサプリメントを足し続ける流れになりがちです。

鉄と気分の落ち込みに関連があるとする研究はあります。ただ、そこから「鉄を足せばうつが治る」と言い切れる段階ではありません。加えて、鉄はとりすぎれば体に負担になるミネラルでもあります。隠れ貧血を早めに拾う視点は妥当です。けれど特定の数字を絶対視して、言われるまま増やしていくのは、別の話として分けておきたいところです。

「副腎疲労かも」と言われたら――概念と、確立した病名の距離

だるさが長く続くとき、しばしば持ち出されるのが「副腎疲労(アドレナル・ファティーグ)」です。ストレスにさらされ続けた副腎が疲れ果て、抗ストレスホルモンのコルチゾールを十分に出せなくなる――そんな説明がなされます。

説明としては分かりやすく、思い当たる症状も並びます。ただ、副腎疲労は、医学的に確立した診断名ではありません。診断基準も、標準的な治療も定まっていない、というのが現在の位置づけです。海外のアレルギー・免疫分野のレビューでも、この病態の存在を裏づける科学的根拠は見当たらないと整理されています。

唾液のコルチゾールを一日に何度か測り、"ステージ"を判定する自由診療も見かけます。ここで分けておきたいのは、本物の副腎の病気――アジソン病のような副腎機能低下症――は別に存在し、そちらはきちんとした診断と治療の対象だということです。

だるさが抜けないとき、いちばん確実なのは、「副腎疲労」という枠に自分を当てはめる前に、確かめられる原因から見ていくことです。甲状腺の働き、貧血、睡眠、気分の落ち込み――正規の医療で拾えるものは、少なくありません。

検査が"精密そう"なほど、いったん立ち止まる

理想値の考え方は、しばしば見慣れない検査とセットで出てきます。ここは、項目の名前が専門的であるほど、かえって落ち着いて見たいところです。

白血球の内訳(好中球やリンパ球の割合)から自律神経のバランスを読む、という手法は、「交感神経が優位だと好中球が増え、副交感神経が優位だとリンパ球が増える」という考え方に基づき、理想の比率から外れていないかを見ます。

これは一部の研究者が提唱してきた見方で、標準的な診療で自律神経の状態を判定する指標としては使われていません。白血球の内訳は、感染や炎症、運動、その日の体調など、さまざまな要因で動くからです。

腸の状態を「リーキーガット」として抗体で調べる検査なども、同じ並びにあります。共通しているのは、フェリチンやHbA1cのような正規の項目に、独自の"最適値"や解釈を重ね、その先をサプリメントや食事制限へとつなげていく構図です。見るべきは項目そのものより、そこに乗せられた解釈と、話の行き着く先が商品なのかどうか、かもしれません。

「低い側」に目を向ける――ただ「低いほど危険」ではない

分子栄養の考え方には、もう一つの柱があります。基準値の"高い側"だけでなく"低い側"にも注目する、という視点です。これ自体には、妥当な面があります。総蛋白やアルブミンが基準内でも低めなら、タンパク質の不足や低栄養が隠れていることがあります。低栄養は見落とされやすく、拾う価値のあるサインです。

ただ、「低いほど危険」をすべての項目に広げると、話は行き過ぎます。よく引かれるのがコレステロールです。確かに、コレステロールが低い人ほど、がんや出血性脳卒中の死亡率が高いという調査結果はあります。けれど日本動脈硬化学会は、その多くは追跡調査における"見かけ上の関係"――もともと病気を抱えた人のコレステロールが低く出ているだけ――だと説明しています。専門家の間でも見解が割れている領域で、「だから高いほうが良い」と単純化して言い切れるものではありません。

血糖についても、似たことが言えます。「HbA1cが低すぎるのは隠れた低血糖のサイン」といった話には、1,5-AGのような正規のマーカーで裏を取れる部分と、憶測にとどまる部分が混じっています。使える道具と、そこに乗せられた物語を、分けて見る癖をつけたいところです。

数字の向こうに、売り手がいないか

理想値という考え方は、正しさと行き過ぎが地続きになっています。最後に、受け止め方の芯を三つだけ。

一つ、理想値は"検証された最適"とは限らないこと。多くは、対照試験で確かめられた値ではなく、その流派が定めた目標値です。二つ、「副腎疲労」のような耳なじみのよい概念と、診断基準の定まった病名とは、別のものだということ。三つ、検査がどれだけ精密そうに見えても、その先に待っているのがサプリメントの購入なら、いったん一歩引いてよいということ。

そのうえで、正規の核があることも忘れずにおきたいところです。隠れ貧血も、低栄養も、食後の血糖の乱れも、確かに存在します。そしてそれらは、独自の理想値に頼らなくても、正規の医療のなかで拾えるものです。

冒頭の、「基準値内なのに不調」という感覚に話を戻します。その感覚そのものは、大切にしていい入り口です。ただ、その先を特定の"理想値"や自由診療に丸ごと預けるのではなく、気になる数値や続く不調は、健診機関やかかりつけ医と一緒に、自分の暮らしの背景と合わせて読み解いてもらう。それが、遠回りに見えて、いちばん確かな道です。

HAPIVERI のヘルスケアサービス「HAPIVERI Healthcare.ai」でも、検査の数値を出発点に、一人ひとりの体調や暮らしに合わせて、無理なく続けられる習慣づくりのお手伝いをしています。数字に振り回されるためではなく、日々の選び方の手がかりとして、役立てていただけます。

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