綿棒で耳を掃除したとき、カサカサと乾いた粉のような耳あかが取れる人と、しっとり湿ってやわらかい耳あかが取れる人がいます。同じ日本の中でも両方いますし、世界に目を広げると、その割合は地域によってはっきり変わります。
この乾いた・湿ったを分けているのは、生活習慣でも耳掃除の癖でもありません。生まれたときから決まっている、DNAのたった1文字の違いです。
ヒトのDNAは、約30億の文字(塩基)が並んだ長い設計図です。その99.9%は、誰の設計図でもほぼ同じ。人と人を分けているのは、残りわずか0.1%ほどの部分にすぎません。
その0.1%の中でいちばん数が多いのが、たった1文字だけ別の文字に置き換わっている違いです。これをSNP(スニップ、一塩基多型)と呼びます。
DNAのたった1文字で、何が決まって、何は決まらないのか。耳あかから薬の効き方、そして遺伝子検査との付き合い方まで、この1文字を手がかりにたどっていきます。
30億文字の設計図の、1文字だけ違うページ――SNPという個人差
DNAは、A・T・G・Cという4種類の文字が約30億並んでできています。分厚い辞書が何十冊分にもなる情報量です。その中の1か所で、本来Gと書かれているところが、人によってはAに置き換わっている。こうした1文字だけの違いがSNPです。
ただし、1文字違えばすべてSNPと呼ぶわけではありません。ある集団の中で1%以上の人が同じ位置に同じ違いを持っているとき、はじめてSNP(多型)と呼びます。ごくまれにしか見られない偶発的な変化とは区別されます。
言いかえると、SNPは失敗ではなく、集団の中で安定して受け継がれてきた「よくある個人差」です。その数は膨大です。ヒトのゲノムでは500〜1,000文字に1か所ほどの割合でSNPが見つかり、一人の中に300万〜500万か所あると見積もられています。
多くは影響がごくわずかですが、中には、たんぱく質の形やはたらきを変え、見た目や体質を大きく左右するものもあります。
乾いた耳あか、湿った耳あか――1文字が分ける体質
さきほどの耳あかの話に戻ります。この乾湿を決めているのが、ABCC11という遺伝子の上にある1つのSNPです。
2006年に、この1文字が耳あかのタイプを決めていると報告した研究があります。文字がGの型(GGまたはGA)だと湿った耳あかになり、Aが二つそろった型(AA)だと乾いた耳あかになります。血液型のように、きれいに型で分かれるのが特徴です。
この型の割合は地域で大きく違います。東アジアの集団ではAA型が多く、乾いた耳あかの人が8〜9割を占めるとされます。一方、ヨーロッパやアフリカの集団では湿った型が大多数です。
そして同じ1文字が、耳あかだけでなく、わきのにおいも左右します。湿った型の人は、わきの下の汗腺から、においのもとになる物質が分泌されます。それ自体はにおいません。皮膚にすむ常在菌がその物質を取り込み、においを持つ成分に作り変えることで、いわゆる体臭が生まれます。
乾いた型の人は、そのもとになる物質の分泌が少ないため、においが生まれにくくなります。耳あかが乾いている人は体臭も控えめ、という関係が、1文字でつながっているわけです。
なぜ、この型が東アジアに多いのか。各地の集団を比べた研究では、乾いた型の割合が緯度と関係し、寒い地域ほど多い傾向が示されています。汗の量を抑えることが寒冷地で有利にはたらいた、という見方です。
似た話は髪や汗腺にもあります。EDARという別の遺伝子のSNPは、東アジアの人に多く、髪を太くしたり、汗腺の数を増やしたりする方向にはたらくと報告されています。1文字が、見た目のいくつもの特徴を同時に動かしている例です。
同じ薬、同じ量でも――解毒の速さを分ける多型
SNPの違いは、見た目や体質だけでなく、薬の効き方にもあらわれます。同じ薬を同じ量だけ飲んでも、よく効く人、効きすぎる人、副作用が強く出る人がいる。その一部は、生まれ持ったSNPで説明できます。
わかりやすい例が、大腸がんなどに使われるイリノテカンという抗がん剤です。イリノテカンは、体の中で活性型に変わってがんを攻撃したあと、肝臓にあるUGT1A1という酵素によって無害な形に変えられ、体の外へ捨てられます。この酵素は、いわば薬の後片づけ係です。
ところが、UGT1A1の遺伝子にある特定の多型を持つ人は、この後片づけの力が弱くなります。とくに両親からその型を受け継いだ人では、活性型の薬が体にたまりやすく、白血球の一種が大きく減ったり、強い下痢が出たりと、重い副作用が起きやすくなると報告されています。
だからこそ、投与の前にこの型を調べておく意味があります。日本では2008年に、厚生労働省がこの遺伝子多型を調べる検査を承認し、同じ年に保険で受けられるようになりました。型によっては、最初の投与量を控えめにするなどの対応がとられます。
薬の効き方を左右するSNPは、ほかにもあります。血をさらさらにする薬や一部の抗てんかん薬などでは、CYPと呼ばれる酵素群の多型が、薬の分解の速さを変えることが知られています。
お酒の強い・弱いも、同じ仲間の話です。アルコールを分解する酵素の1文字の違いが、顔の赤くなりやすさやお酒への強さを決めています。
多くの体質は「1個の遺伝子」では決まらない――足し算で見るリスク
ここまで見てきたABCC11やUGT1A1は、1つのSNPが体質や薬の効き方をはっきり決める、例外的にわかりやすい例です。けれども、私たちの体質や病気の多くは、こんなふうに1文字だけでは決まりません。
高血圧や糖尿病、多くのがんといった身近な病気は、生活習慣に加えて、ゲノム全体に散らばった無数のSNPが少しずつ影響し合って形づくられます。一つひとつのSNPが持つ力は、ごくわずかです。
そこで考え出されたのが、たくさんの小さな影響を足し合わせて一つの数字にする、ポリジェニックリスクスコア(PRS)という考え方です。1本の当たりくじを引くかどうかではなく、無数の小さな加点・減点を合計して、その人の傾きを測る。天気予報の降水確率に近い、確率のものさしです。
このスコアが、実際にどこまで役立つのか。2023年に理化学研究所などが報告した研究では、まだ前立腺がんと診断されていない男性を対象に、将来その病気で亡くなるリスクをPRSで予測できるかを調べています。
その結果、スコアが上位10%の人たちは、下位50%の人たちに比べて、前立腺がんによる死亡率が3.52倍高いという関連が示されました。さらに、がんに関わりの深いゲノム領域にしぼって計算すると、この差は5.57倍まで広がりました。
これはあくまで研究段階の予測モデルで、個人の運命を言い当てるものではありません。ただ、発症する前の段階で気をつけておいたほうがよい人の見当をつけられる可能性を示すものとして、予防の観点から注目されています。
先に触れたメチレーションやMTHFRをめぐる話も、この「1文字に振り回されない」という視点と地続きです。
分かること、分からないこと――遺伝子検査との距離感
こうした遺伝子の情報は、いまや医療機関を通さなくても手に入るようになりました。唾液を送るだけで体質や病気のリスクを調べる、消費者向けの遺伝子検査(DTC)です。2017年ごろの調査では、国内でこうしたサービスを提供する事業者は約700にのぼっていました。
手軽さの一方で、専門家からは慎重な声も出ています。
2010年に日本人類遺伝学会が示した見解では、一般に体質遺伝子検査と呼ばれるものの多くは、体質や発症を言い当てるものではなく、あくまで確率を示しているにすぎない、と指摘されています。そして、その有用性が科学的にはっきり確かめられているものは、まだ多くないとしています。
とくに、知能や性格、運動や音楽の適性までを断定するとうたう検査には、根拠が乏しいものが少なくありません。1文字を「その人はこう決まっている」という決めつけに使うと、事実から離れるだけでなく、差別につながる危うさもあります。
遺伝情報は、一度知ると変わらず、血のつながった家族とも一部を分け合う、慎重に扱うべき情報でもあります。だからこそ、検査を受けるかどうかも、結果をどう受け止めるかも、急がずに考えてよいものです。
耳あかの乾湿のように、1文字ではっきり決まることも確かにあります。けれど、体や病気の多くは、たくさんの要素と暮らし方が重なって形づくられていきます。



