小腸は「ただの長い管」ではない――十二指腸・空腸・回腸、三つの区画のしくみ

小腸は「ただの長い管」ではない――十二指腸・空腸・回腸、三つの区画のしくみ

昼食のあと、少し体が重くなる。食べたものは、このあとどこへ行って、どうやって体の一部になっていくのか。そう考えたとき、まず思い浮かぶのは「胃」かもしれません。ただ、食べたものを実際に分解し、栄養として取り込んでいる主役は、その先にある小腸です。

小腸は、口から続く消化管のなかでいちばん長い臓器です。一本の細い管が、お腹のなかで何重にも折りたたまれています。

ひとつの管に見えて、小腸は場所ごとにまるで違う仕事をしています。入り口に近い十二指腸、まんなかの空腸、大腸の手前の回腸。この三つは同じ管の続きでありながら、担当する役割がはっきり分かれています。食べたものが体になるまで、腸のどこで何が起きているのか。その道すじをたどると、小腸が「ただの長い管」ではないことが見えてきます。

長い管の、ほんとうの広さ――「テニスコート一面」は大げさだった

小腸の長さは、よく「6〜7メートル」と言われます。ただ、これは亡くなって力が抜けたあとに測った長さです。生きている体のなかでは筋肉に張りがあるぶん縮んでいて、実際は3メートルほどとされています。

長さ以上に効いてくるのが、内側の「広さ」です。小腸の内面は、つるりとした管ではありません。大きなひだが輪のように走り、その上に絨毛と呼ばれる無数の突起が立ち、さらに一つ一つの細胞の表面には、微絨毛というもっと細かい毛が生えています。

布を折り、その折り目に起毛したタオルをかぶせ、タオルの糸にもさらに細かい毛を植える。そんな三段構えで、内側の面積を何十倍にもふくらませています。この広さについては、長らく「テニスコート一面分ほど」と説明されてきました。教科書にもそう書かれ、いまでもよく引かれる数字です。

ただ、この値は近年、大きく見直されています。2014年にスウェーデンのヨーテボリ大学の研究チームが、健康な人の粘膜を顕微鏡で細かく測り直したところ、消化管全体の内面はおよそ32平方メートル、その大半を占める小腸でも30平方メートルほどにとどまると報告しました。テニスコートというより、バドミントンコートの半分ほど、というのが実際に近いようです。

数字こそ以前より控えめになりましたが、細い管の内側に、部屋いっぱいに広げられるだけの吸収面がたたみ込まれている、という事実は変わりません。この広さがあるからこそ、食べたものが腸を通り過ぎるわずかな時間で、栄養をすばやく取り込めます。

十二指腸――酸を止め、消化を仕切る現場監督

胃で強い酸にさらされ、どろどろになった食べものは、少しずつ十二指腸へ送り出されます。十二指腸は小腸のいちばん最初、胃のすぐ下にある20〜30センチほどの短い区間です。名前は、指を横に12本ならべた長さに由来します。

短いわりに、ここでの仕事は重要です。まず、胃から流れてきた強い酸を中和します。酸のまま先へ進めると、腸の壁が傷つきますし、このあと働く消化酵素も力を出せません。そこで十二指腸には、肝臓からの胆汁と、膵臓からの膵液という二つの液が合流してきます。

膵液はアルカリ性で、酸をすばやく打ち消します。熱すぎるお湯に水を差して、ちょうどいい温度にするのに似ています。中和されて弱いアルカリ性になった環境で、膵液の消化酵素がもっとも働きやすくなります。

胆汁のほうは、脂を細かい粒に分けて水になじませる役です。ドレッシングを振ると油が細かく散るように、脂を乳化させて、あとで分解・吸収しやすくします。

さらに十二指腸は、ただ液を受け取る通り道ではありません。流れてきた中身の性質をその場で感じ取り、上流の胃や、胆のう・膵臓へ「どれくらい消化液を出すか」を指示するホルモンを出します。

たとえば酸が届くと、十二指腸はセクレチンというホルモンを血中に送り、膵臓にアルカリ性の液を多く出させます。脂やたんぱくのかけらが届くと、今度はコレシストキニンが出て、胆のうを縮めて胆汁を押し出し、膵臓の酵素分泌をうながします。送られてきた中身に合わせて、必要な液が必要なだけ出るように調整する。十二指腸は、消化という作業全体の段取りを仕切る現場監督のような場所です。

空腸――栄養を根こそぎ吸う、吸収の主戦場

十二指腸を過ぎると、空腸に入ります。ここが、栄養の大部分を吸収する主戦場です。さきほどの三段構えの折りたたみは、この空腸でいちばん密に発達しています。ひだが高く、絨毛もびっしり立っていて、たたみ込まれた広い面の大半は、じつはこの空腸が稼いでいます。

十二指腸で膵液の酵素がおおまかに刻んだ栄養は、まだ半端な大きさです。でんぷんは二つつながった糖に、たんぱくは短いアミノ酸のつながりに切られた段階で、そのままでは吸収できません。

最後の仕上げは、絨毛の表面で行われます。栄養を吸収する細胞の表面には消化酵素そのものが並んでいて、通りかかった栄養をその場で一段階ずつ、吸収できる最小の単位まで分解します。

麦芽糖はブドウ糖へ、乳糖はブドウ糖とガラクトースへ、ショ糖はブドウ糖と果糖へと、それぞれ専門の酵素がほどいていきます。牛乳でお腹がゴロゴロしやすい方がいるのは、このうち乳糖を分解する酵素が少ないためです。

玄関先で最後の仕分けをして、そのまま中へ通す。膜の上での消化と吸収がひと続きになっているので、分解された栄養は、水やミネラル、ビタミンとともに、空腸を通り過ぎる短い時間のうちに血管へ取り込まれていきます。

回腸――ビタミンB12と胆汁酸だけの、特別な回収口

空腸に続く回腸は、見た目は空腸とよく似ていますが、ひだはまばらになり、管もやや細くなります。栄養の大量吸収という点では、空腸ほど派手ではありません。

そのかわり回腸には、ほかのどこにも代われない専門の仕事があります。ビタミンB12と胆汁酸の回収です。

胆汁酸は、十二指腸で脂の乳化を助けたあと、そのまま便として捨てられるわけではありません。生理学で古くから知られるように、回腸の末端でおよそ95%が回収され、血管を通って肝臓に戻り、また使われます。一日に何度もこれを繰り返す、いわば胆汁のリユースの仕組みです。デポジットの瓶を回収して洗い、また出荷するように、体は貴重な胆汁酸をほとんど捨てずに回しています。

ビタミンB12も、回腸の末端でしか吸収できません。B12は胃から出る「内因子」というタンパクと強く手をつないで、はじめて回腸末端の受け取り口から取り込まれます。この経路がうまく働かないと、赤血球がうまく作れず、貧血につながります。

回腸の終わりは、回盲弁という弁を通って大腸へつながります。大腸には膨大な数の腸内細菌がすんでいますが、この弁が関所になって、細菌が小腸側へ逆流するのを防いでいます。

回腸は、体で最大の「免疫の現場」でもある

回腸には、もう一つの顔があります。体のなかで最大級の免疫の現場、という顔です。腸は、栄養を取り込む場所であると同時に、外から来た細菌やウイルス、食べもの由来の異物に、いつもさらされています。取り込むべきものと、はねのけるべきものが、同じ場所に混ざって流れてくる。

そのためか、腸には全身の免疫細胞の多くが集まっています。7割ほどが腸に控えているとする見方も、広く知られています。

回腸の壁には、パイエル板と呼ばれる免疫細胞の集まりが点々と配置されています。その表面にはM細胞という変わった細胞がいて、腸のなかの細菌やウイルスを、あえて自分の体を通して内側の免疫細胞へ手渡します。

税関で、怪しい荷物をわざと開けて中身を検める係に似ています。手渡された免疫細胞は、その相手に合わせた抗体をつくり、腸の表面に送り出して、次に同じ相手が来たときにくっついて無力化できるよう備えます。

免疫のもう一つの大事な役目は、「暴走を抑える」ことです。パイエル板では、過剰な反応を鎮める調停役の免疫細胞も育てられます。この細胞は全身へ広がり、食べものやふだんの腸内細菌に対して、いちいち攻撃を仕掛けないよう、免疫にブレーキをかけます。

敵を見つけて叩くだけでなく、味方に手を出さないよう見張る。回腸は、腸内細菌と対話しながら、全身の免疫の加減を調整する拠点でもあります。

失って初めてわかる、それぞれの役割

三つの区画がどれだけ専門化しているかは、その一部を失ったときにはっきりします。

病気や事故で小腸を大きく切除せざるをえないと、栄養をうまく吸えなくなる短腸症候群という状態になります。ここで、切除されたのが空腸か回腸かで、その後の経過が大きく変わります。

空腸を広く失った場合、残った回腸が絨毛を伸ばし、吸収の面を広げて、空腸の仕事をある程度引き受けます。時間をかけて、栄養の吸収は少しずつ持ち直していきます。

ところが、回腸を失った場合は事情が違います。残った空腸が回腸の代わりをすることは、ほとんどできません。ビタミンB12や胆汁酸を受け取る専用の口が、空腸にはそもそも備わっていないからです。

その結果、B12の不足は長く続き、注射で補い続ける必要が出てきますし、胆汁酸を回収できないことで脂の吸収が落ち、下痢も続きやすくなります。同じ小腸でありながら、空腸の穴は回腸が埋められても、回腸の穴は空腸が埋められない。この非対称さが、それぞれの区画がどれだけ特化しているかを、そのまま映しています。

食べたものが体になるまで、腸は一本の管でただ流しているのではありません。酸を止めて段取りを仕切る十二指腸、栄養を根こそぎ吸う空腸、特別なものだけを回収し、免疫まで預かる回腸。三つの区画がそれぞれの持ち場を守ることで、はじめて一日の食事が、静かに体の一部へと変わっていきます。

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