「体の年齢」は測れる時代へ――DNAメチル化時計と老化のスピード

「体の年齢」は測れる時代へ――DNAメチル化時計と老化のスピード

同窓会の会場で、ひさしぶりの顔ぶれを見渡す。同じ年に生まれ、同じ教室で過ごしたはずなのに、驚くほど若く見える人がいれば、ずいぶん老けて見える人もいる。配られた名簿の年齢は、ほぼ全員が同じです。それでも、体の“進み方”には、はっきりと差がついている。そう感じた方は多いはずです。

暦の上の年齢は、誕生日を数えれば誰にでも分かります。ただ、体の中で進む老化のスピードが、その数字とぴったり重なるとはかぎりません。

近年の老化研究では、この「暦の年齢」と「体の年齢」のズレを、細胞のレベルで数字にする物差しが育ってきました。エピジェネティッククロック、日本語でいえば体内時計と呼ばれる仕組みです。ここでは、その時計がどうやって年齢を読み取り、どこまで分かってきたのかをたどっていきます。

体の年齢は、細胞に刻まれている

体の年齢は、正式には「生物学的年齢」と呼ばれます。暦年齢が誕生からの経過時間そのものを指すのに対して、生物学的年齢は、体の機能がどれだけ保たれているかを映した年齢です。

同じ50歳でも、血管や内臓の状態には個人差があります。その見えにくい差を、数字として捉えようとするのが生物学的年齢の発想です。

この年齢を読み取る手がかりになるのが、DNAの「メチル化」という現象です。

メチル化は、遺伝子の配列そのものを書き換えるわけではありません。遺伝子の上に「メチル基」という小さな目印がつき、その遺伝子を使うか休ませるかを切り替えています。文章の一部に付箋を貼って、「ここはいまは読まない」と印をつけるようなイメージです。

この付箋の貼られ方が、年齢とともにかなり規則正しく変わっていきます。ある場所では増え、別の場所では減っていく。その変化のパターンをまとめて読み取れば、体がどのくらいの年齢に相当するかを推定できます。

数百から数十万にのぼるメチル化の場所を、統計モデルで束ねて年齢に翻訳する。これが、エピジェネティッククロックの基本的な考え方です。

興味深いことに、この時計は受精したばかりの細胞ではほぼゼロから始まり、年齢とともに進んでいきます。細胞の状態を保とうとする仕組みが背後で働き続けた“記録”のように、メチル化のパターンが積み重なっていくと考えられています。

老化の物差しとしては、テロメアの名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。染色体の末端にあって、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなる、いわば分裂の回数券のような部分です。ただ、テロメアの長さとメチル化の時計は、測っているものが違います。両者の相関は弱く、それぞれ別の角度から老化を映していると考えられています。

年齢を言い当てる時計から、寿命を読む時計へ

最初の時計は、「暦の年齢をどれだけ正確に言い当てられるか」を目標につくられました。

2013年に発表された研究では、血液や脳など多様な組織に共通する353か所のメチル化パターンから、年齢を高い精度で推定できることが示されました。組織を問わず使える点が新しく、この型はいまも基礎的な時計として広く使われています。

同じ2013年に、別の研究チームが血液に絞った71か所の時計を報告しています。どちらも、これまで積み重ねてきた時間の総量を映す、走行距離計(オドメーター)のような働きをします。

ただ、走行距離計には限界もありました。たとえば同じ60歳でも、健康そのものの人と、いくつか持病を抱えた人がいます。暦の年齢を教え込んで作った時計は、この二人をほとんど同じ年齢と読んでしまうことがあったのです。

そこで、健康状態や寿命のほうを直接の手がかりにする時計が作られました。

2018年に発表された「PhenoAge(フェノエイジ)」は、血液検査の数値や体の状態を織り込み、513か所のメチル化パターンから年齢を読み取ります。暦の年齢を当てるのではなく、体の“くたびれ具合”を映すことを狙った設計です。

続いて2019年に報告された「GrimAge(グリムエイジ)」は、喫煙の履歴や、死亡リスクに関わる血液中のタンパク質の状態までデータに取り込みました。名前のとおり“寿命”のほうを強く意識した時計で、これらの時計が実際の年齢より進んでいる場合、心臓や血管の不調、加齢にともなう病気のリスクが高い傾向にあると報告されています。

いま、どれくらいの速さで老いているか

ここまでの時計が測るのは、これまでに“たまった”状態です。ある一点での体の年齢を、写真のように写し取ります。

一方で、「いま現在、どのくらいの速さで老いが進んでいるか」を測ろうとする時計も現れました。

ニュージーランドで同じ年に生まれた人たちを、数十年にわたって追い続けた研究(ダニーデン研究)があります。これをもとに、2022年に発表されたのが「DunedinPACE(ダニーデン・ペース)」です。

この研究では、心臓や腎臓、免疫や代謝など19の指標が、およそ20年のあいだにどれだけ変化したかを一人ひとりで追い、その“傷み方の速さ”をメチル化のパターンに写し取りました。

出てくるのは、暦の1年あたりに体が何年分老いたか、という数字です。1.0なら年相応、1.2ならおよそ2割ほど速いペース、という読み方をします。走行距離計に対して、こちらは速度計(スピードメーター)にあたります。

走行距離計は、これまでどれだけ走ってきたかを教えてくれます。ただ、いまアクセルをどれだけ踏んでいるかは分かりません。速度計が映すのは、その“いまの踏み込み”です。生活を変えたとき、その効果が最初に表れるのは、過去の総量ではなく、この速さのほうになります。

実際、このスピードメーターが速い人ほど、その後に健康を損なうリスクが高い傾向にあると報告されています。過去のダメージの蓄積よりも、いまの変化の速さを見るほうが、短い期間の変化を捉えやすい。そこに、この時計の新しさがありました。

時計の針は、戻せるのか

生まれ持ったDNAの配列は、基本的に変えられません。ただ、メチル化という後天的な目印には、生活習慣や環境によって変わりうる部分があります。

その背景には、老化そのものに働きかければ、加齢にともなう複数の不調をまとめて遅らせられるのではないか、という考え方があります。老化を一つひとつの病気としてではなく、その手前にある共通の土台として捉える見方です。

この可能性を人で確かめた研究として、アメリカの国立老化研究所が支援したCALERIE試験があります。この試験では、肥満のない成人220人を対象に、2年間にわたって摂取カロリーをおよそ25%抑える生活を続けてもらいました。

2023年に報告された解析によれば、暦の年齢を映す時計(PhenoAgeやGrimAge)には目立った変化が出なかった一方、老化の速さを測るDunedinPACEでは、カロリーを抑えたグループの進み方が2〜3%ほど緩やかになっていました。

数字だけ見れば、小さな差です。ただ、この2〜3%は、別の研究でいえば死亡リスクのおよそ10〜15%の低下に相当し、禁煙に近い大きさだと説明されています。過去の蓄積を映す静的な時計より、速さを測る時計のほうが、短期間の生活の変化に敏感に反応したことになります。

ただし、これは一つの試験の結果で、効果の大きさも控えめです。長い目で見て健康にどうつながるかは、これからの追跡を待つ段階にあります。

カロリー制限にかぎらず、有酸素運動や質のよい睡眠、栄養バランスのとれた食事、禁煙といった基本的な習慣が、老化の速さを穏やかにする方向に働くと、複数の研究で報告されています。特別な方法というより、体によいとされてきたことが、細胞のレベルでも少しずつ裏づけられてきた、という理解が近いはずです。

検査の数字と、どう付き合うか

こうした時計は、研究室の中だけのものではなくなりつつあります。国内でも2024年から、日本人の集団に合わせて調整された生物学的年齢の検査が、提携する医療機関を通じて提供され始めています。血液からDNAのメチル化を読み取り、体の年齢や老化の速さを“見える化”する、という内容です。

ただ、その数字の受け止め方には、知っておきたい点がいくつかあります。

一つは、精度の問題です。メチル化の測定はもともと細かなばらつきを含みやすく、同じ人の血液を測っても、時計によっては数年の幅で結果が揺れることが課題とされてきました。近年はこの揺れを抑える改良が進み、同じ検体での再現性はかなり高まっています。それでも、一度きりの数字を絶対視するより、時間をおいた変化として眺めるほうが向いています。

もう一つ、血液はさまざまな免疫細胞の集まりで、その顔ぶれは年齢とともに変わっていきます。時計が読み取る“年齢”には、細胞そのものの老化と、細胞の構成の変化の両方が混じっています。研究では、この二つを切り分けて捉える工夫も進んでいます。

そして、これらの時計は「病気を診断するもの」ではありません。あくまで老化の傾向を映す物差しであり、示されるのはリスクの高い低いであって、確定した診断ではないという点は、押さえておきたいところです。

研究の最前線では、さらに一歩進んだ発想も出てきています。2026年に発表された総説では、ダメージの蓄積だけでなく、ストレスから体が立ち直る「回復力(レジリエンス)」まで測ろうという「EpiAge-R」という枠組みが提唱されました。まだ概念を示した段階ですが、同じ体の年齢でも、手術や感染から戻る力には差がある——その違いまで捉えようとする試みです。

同窓会で感じた、あの「進み方の差」。その正体の一端は、体の中で静かに時を刻む時計に、書き込まれているのかもしれません。暦の年齢は、変えることができません。けれど、体の年齢の進み方には、まだ手を入れる余地が残されている。研究は、そう示し始めています。

数字に一喜一憂するためではなく、日々の習慣が細胞の側からも意味を持つと知るために。その物差しとして眺めると、体内時計の話は、ぐっと身近なものになるはずです。

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