リンパには心臓がない――動く・呼吸する・眠るで流れる「もう一つの循環」

リンパには心臓がない――動く・呼吸する・眠るで流れる「もう一つの循環」

一日の終わりに靴下を脱ぐと、ゴムの跡がいつもより深い。夕方になると脚が重い。長いフライトのあとは、足首が自分のものでないように張っている。そんな"むくみ"の感覚に覚えのある方は多いはずです。

体の水分をめぐらせているのは、血管だけではありません。血管が回収しきれなかった水を集めて、ゆっくりと静脈へ返している流れが、もう一つあります。それがリンパです。

そしてこの流れには、心臓のような中央ポンプがありません。だからこそ、動く・呼吸する・眠るという毎日の営みが、リンパを流す原動力になっています。

血管が取りこぼした水を集める――リンパ液が生まれる場所

血液は心臓から動脈を通り、細い毛細血管へと届きます。ここで血圧に押されて、血漿の一部が血管の壁のすき間から染み出し、組織のあいだを満たします。これが組織液です。全身の細胞は、この組織液という海に浸って、酸素と栄養を受け取り、老廃物を渡しています。

用を終えた組織液の大半は、静脈側の毛細血管へ吸い戻されます。ただ、すべてが戻るわけではありません。1〜2割ほどは、圧の関係で組織に取り残されます。

さらに、毛細血管の壁を通れない大きなタンパク質や、細胞の死骸、外から入り込んだ細菌なども、その場に残ります。

これらを拾い集めて、もう一度血流へ返す"排水と浄化の道"がリンパです。組織液が末梢の毛細リンパ管に入った瞬間から、その液体はリンパ液と呼ばれます。

心臓を持たない流れ――末梢から中枢へ、一方向に

血液は心臓という強力なポンプで全身を巡り、また心臓へ戻ってきます。リンパには、その中央ポンプがありません。流れる量も、血液とは桁が違います。心臓が1日に数千リットルの血液を送り出すのに対し、生理学の成書では、静脈へ戻るリンパは1日に数リットルほどとされています。速さも、血流とは比べものにならないほどゆっくりです。

この遅さは、機能の欠陥ではありません。リンパは途中の関所であるリンパ節で、異物を選り分けます。免疫の細胞が異物とじっくり出会うために、あえて流れを落としている、と考えられています。

流れの向きは、いつも「末梢から中枢へ」の一方向です。逆流を防ぐ半月弁が管の中に等間隔で並び、弁と弁で区切られた小さな区画が、それぞれ一つの小さな心臓のように働きます。

一つの区画が縮むと、前の弁が開いて後ろの弁が閉じ、リンパ液は次の区画へ押し出されます。この受け渡しの連鎖が、流れの基礎になります。

動く・呼吸する・脈打つ――リンパを押し出す外の力

中央ポンプを持たないリンパは、どうやって足先から首の付け根まで上っていくのでしょう。

一つは、リンパ管そのものの筋肉です。太いリンパ管は血管と同じように平滑筋の層を持ち、中がリンパ液で満ちてくると規則的に縮んで、中身を先へ送り出します。

ただ、それだけでは足りません。大きな助けになるのが、体の外側からの力です。

歩いたり運動したりすると、まわりの骨格筋が縮んではゆるみ、リンパ管をリズミカルに押します。ふくらはぎが、外からリンパ管をやさしく揉むように働くわけです。とりわけ下半身では、これが最大の推進力になります。

深い呼吸も効きます。横隔膜が上下すると胸とお腹の圧が入れ替わり、その差が腹部の太いリンパ管を吸い上げ、また押し出します。

動脈のとなりを走るリンパ管は、動脈の拍動という小さな衝撃も受け取って、前へ進みます。

一日じゅう座りっぱなし、あるいは立ちっぱなしでいると脚が重くなる――あの感覚は、動きが減って外からのポンプが働きにくくなったサインでもあります。少し歩く、深く息をする。それだけで、流れは動きはじめます。

毛細リンパ管の入口には、細い糸のような繊維が周りの組織とつながっています。組織に水がたまって圧が上がると、この糸が管を外へ引っぱり、閉じていた入口が開いて、水が一気に流れ込みます。

年齢とともに、この取り込みの働きは少しずつ落ちていきます。同じ生活でも昔よりむくみやすい、と感じる背景の一つです。

リンパを"流す"といっても、もんで毒を追い出すような特別な作用があるわけではありません。日々の動きと呼吸が還流をそっと後押しする――それがリンパの現実的な姿です。

関所を通って戻る――リンパ節という体内の浄水場

末梢から静脈へ戻るまでに、リンパは必ずいくつものリンパ節を通ります。全身に数百個、600個ほどとされ、首、脇の下、足の付け根といった要所に配置されています。

リンパ節は、そら豆ほどの小さな器官です。入ってきたリンパ液は、内部の迷路のようなすき間を、ゆっくりと通り抜けていきます。

そのあいだに、内壁で待ち構えるマクロファージ(大食細胞)が細菌や細胞の死骸を食べ、樹状細胞が異物の情報を免疫の細胞へ伝えます。必要があれば、そこで免疫の反応が立ち上がります。

流れをあえて落としているのは、この出会いの確率を上げるためです。ゆっくり運ぶほど、異物は見つかりやすくなります。

ただ、この優れた濾過が、思わぬ弱点にもなります。もとの場所を離れたがん細胞がリンパに入ると、最初にたどり着いたリンパ節に居ついてしまうことがあります。がんの検査でリンパ節が重視されるのは、この経路があるからです。

異物の処理を終えたリンパ液は、少数の出口へまとめられ、最後は首の付け根の静脈角で血液に合流します。

血管とリンパは、見た目も細胞もよく似ているのに、この合流点まで決して混ざりません。2020年に熊本大学などのチームが示した研究によれば、静脈の側でリンパ化のスイッチを押さえ込む仕組みが働き続けていて、二つの流れは生涯にわたって別々に保たれています。

脂質だけが通る別ルート――乳糜とカイロミクロン

リンパには、栄養に関わるもう一つの役目があります。食事でとった脂質を運ぶルートです。糖やアミノ酸は水に溶けるので、小腸の毛細血管から直接吸収され、門脈を通ってまっすぐ肝臓へ向かいます。

脂質は、そうはいきません。水に溶けないため、腸の細胞の中でタンパク質やコレステロールに包まれ、カイロミクロンという大きな粒になります。

この粒は大きすぎて、血液の毛細血管には入れません。そこで、小腸の絨毛の中心を走るリンパ管、乳糜管に取り込まれます。大きな荷物が、狭い改札を避けて広い通路へ回るようなものです。

脂肪をたっぷり含んだリンパ液は、白く濁っていて、乳糜と呼ばれます。乳糜は腹部の乳糜槽に集まり、胸管を通って、やはり静脈角から血液に合流します。

こうして脂質は、いったん肝臓を経由せずに全身の血流へ入り、薄まりながら筋肉や脂肪組織へと運ばれていきます。

脳にも似たしくみがある――眠っているあいだの"掃除"

体じゅうに張りめぐらされたリンパ管は、長いあいだ、脳にだけは見当たらないとされてきました。脳は体のエネルギーのおよそ2割を使う働き者で、老廃物も大量に生み出します。その掃除の担い手が、長く分かっていませんでした。

手がかりが見えたのは、2012年のことです。米ロチェスター大学の研究チームが、脳にもリンパに似た洗い流しのしくみがあることを報告し、グリンパティックシステムと名づけました。グリア細胞とリンパを合わせた造語です。

脳と脊髄をひたす脳脊髄液が、血管に沿ったすき間から脳の奥へ入り込みます。血管に足を巻きつけたアストロサイトという細胞の水の通り道(アクアポリン4)を通って、脳の中の液と混ざり合い、老廃物を洗い出して外へ押し出すのです。

翌2013年の報告では、この洗浄が睡眠中に強く働くことが示されました。眠っているあいだに細胞のすき間が広がり、日中よりも効率よく老廃物が流れ出る、というものです。

洗い流される老廃物には、アルツハイマー病に関わるとされるアミロイドβなども含まれます。睡眠の質と、こうしたタンパク質の蓄積とを結びつける見方が、いま注目されています。

強い心臓を持たないリンパも、脳の夜の掃除も、特別な機械ではなく、動く・呼吸する・眠るという毎日の営みに支えられている、ということです。脚のむくみが気になった夜は、少し歩いて、深く息をして、しっかり眠る。体の中では、静かな流れが今日も働いています。

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