同じ食事でも、効き方は人それぞれ――「精密栄養学」が崩す万人の正解

同じ食事でも、効き方は人それぞれ――「精密栄養学」が崩す万人の正解

「体にいい」と評判のものを、欠かさず続けている。なのに、手応えを感じられない。そんな経験をお持ちの方は、少なくないはずです。

意志が足りないわけでも、続け方が悪いわけでもありません。近年の研究が突き止めつつあるのは、同じものを食べても体の反応は人によって大きく違う、という事実です。しかもその差は、思っていたよりずっと大きいのです。

ここでは「精密栄養学(プレシジョン・ニュートリション)」と呼ばれる新しい考え方を手がかりに、なぜ"万人向けの正解"が崩れつつあるのかを見ていきます。

同じ食事でも、血糖の上がり方は違う――800人・46,898食が示したこと

流れを変えた研究があります。2015年にイスラエルのワイツマン科学研究所のグループが報告した研究では、健康な人からやや血糖の高い人まで800人に小型の血糖測定器を1週間つけ、46,898回の食事に対する血糖の動きを丸ごと記録しています。

見えてきたのは、「同じものを食べても、血糖の上がり方は人によってまるで違う」という事実です。ある人はバナナで血糖が跳ね上がるのに、クッキーではほとんど動かない。別の人はその逆で、クッキーで急上昇し、バナナでは穏やかなまま。そんな逆転が、あちこちで起きていました。

同じ皿の料理が、人によって別の食べ物のようにふるまう。これは、栄養学の常識を静かに揺さぶる結果でした。

「低GIの食品だから、誰にとっても血糖にやさしい」という一般化が、必ずしも当てにならないと示されたからです。何を食べるかだけでなく、誰が食べるかで、効き方は変わります。この研究グループは、血液の値や腸内細菌などを組み合わせれば、その人の血糖の上がり方をある程度まで予測できることも報告しています。

手がかりは腸にいる――日本人の腸内細菌という個性

では、この個人差はどこから生まれるのでしょうか。有力な手がかりの一つが、腸の中にすむ細菌です。

私たちの腸には数百種類以上、数にして100兆個ともいわれる細菌がすんでいて、食物繊維を分解したり、体に役立つ物質を作ったりしています。その顔ぶれと働きは、一人ひとり指紋のように異なります。

日本人の腸内環境を長く調べてきたのが、医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)の國澤純氏らのグループです。全国1万人を超える人から便や血液の提供を受けてデータベースをつくり、腸内細菌の個人差と健康との関係を読み解いてきました。國澤氏は、腸内細菌のプロファイルに応じて食を最適化する精密栄養学の必要性を、早くから唱えている一人です。

たとえば、日本人に多くみられる「ブラウティア菌」。國澤氏らが2022年に報告した研究では、肥満や糖尿病のリスクが低い人ほどこの菌を多く持つ傾向が示され、脂肪の蓄積を抑える物質を作ることも分かってきました。

腸内細菌が食物繊維を分解して生み出す短鎖脂肪酸は、いわば細菌たちが腸の現場でこしらえる燃料のようなものです。大麦やオリゴ糖など、大腸まで届くエサを続けて取ると、こうした菌が働きやすくなると考えられています。

個人差は、別の場面にも現れます。大豆に含まれるイソフラボンを、腸内細菌が「エクオール」という女性ホルモンに似た物質へ作り変えることがあります。更年期の不調をやわらげる働きが期待される物質ですが、この変換ができる細菌を持つ人は、日本人女性でおよそ半数とされます。同じ豆腐や納豆を食べても、そこから受け取れるものが人によって変わるわけです。

海外で注目される菌の扱いにも、正確さが要ります。欧州連合(EU)では2022年、加熱した「アッカーマンシア菌」が食品素材(ノベルフード)として販売を認められました。

世界が同じ問いを解こうとしている――大規模研究の現在地

この個人差を測り、予測につなげようとする大きな研究が、いま世界で動いています。

米国では2022年に、国立衛生研究所(NIH)が「Nutrition for Precision Health(NPH)」という研究を始めました。5年間で1億7000万ドルを投じ、多様な背景を持つ1万人から食事への反応を集め、AIで「その人がどう反応するか」を予測するしくみをつくろうとしています。一部の参加者は施設に滞在し、管理された食事を段階的に取りながら、遺伝子や腸内細菌との関わりを細かく調べます。

英国では、キングス・カレッジ・ロンドンの研究者らが立ち上げた「ZOE」が、消費者向けのサービスと研究を両輪で回しています。2024年に医学誌ネイチャー・メディシンで報告された18週間の比較試験では、347人が、一般的な食事ガイドラインに従うグループと、個別化プログラムに従うグループに分けられました。

結果は等身大のものでした。個別化グループでは中性脂肪が目立って下がった一方、もう一つの主要な指標だった悪玉(LDL)コレステロールには、はっきりした差は出ませんでした。体重やウエスト、血糖の指標であるHbA1c、腸内細菌の多様性では改善がみられています。個別化が一律の助言を上回る可能性を見せつつ、すべての数値で勝ったわけではない。そういう結果です。

日本でも、内閣府の「BRIDGE」というしくみのもとで、精密栄養学を社会に実装するプロジェクトが2024年に本格的に動き出しました。NIBIOHNを代表機関に、大学や食品企業など15機関が連携し、腸内細菌や代謝の測定、AIによる食の効果予測を、実際のサービスへとつなげようとしています。研究室の発見を、日々の食卓に橋渡ししようという試みです。

「正しいこと」を全部やろうとすると続かない――まず自分を測ることから

ここまで読むと、「では自分は何を食べればいいのか」と迷う方も多いはずです。

ただ、万人向けの正解がないのなら、出発点は「自分を知ること」に置くのが理にかないます。何を食べるかを決める前に、まず自分の体がいまどんな状態かを測る。血液や腸内細菌、日々の睡眠や活動のログ、これまでの検査結果——手がかりは、すでに自分の中にあります。

HAPIVERI では、この「まず測って、自分を知る」入り口として、パーソナルヘルスケアサービス『HAPIVERI Healthcare.ai』をご用意しています。日々の食事と血液検査、Apple Watchなどの生活ログ、遺伝子検査を含む過去の検査結果をAIが読み解き、医療機関の監修のもとで、いまの現在地や、食・サプリメントの選び方を一緒に整理していくしくみです。

測って見えてきたものを、「今の自分の生活で、まず何から手をつけるか」に翻訳する。ここが、続けられるかどうかの分かれ目です。睡眠を整えるのが先か、食物繊維を足すのが先か。その順番も、人によって変わります。

テクノロジーがどれだけ進んでも、この「最初の一手」を選ぶ作業は残ります。むしろ選択肢が増えるほど、自分に合う一歩を見つける手助けの価値は、静かに高まっていくのかもしれません。

「体にいいはずなのに、思ったほど手応えがない」。その感覚は、続け方のせいではなく、まだ"あなた向けの正解"に出会っていないだけ、とも言えます。万人に効く一皿はなくても、自分に合う一歩は必ずあります。まずは自分を知るところから、小さく試していく。それが、遠回りに見えていちばん確かな近道なのだと思います。

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